藤崎は器用な男だった。 幼い頃から彼は大人の世界で子供がどうやって上手く生き抜いていくかを理解し、 またある程度の努力さえ注げば結果が出せるものだけを選んで大人たちの間で披露しながら誉めそやす彼らを冷めた眼差しで眺めるような少年時代を送っていた。 青年期に入った頃に彼は少しだけ息を抜いた生き方を自分に許し、その頃に多少の修羅場を経験し、 自分を偽らず傍にいられる人間がいるのだということを覚え、年老いた色を宿していた無感情の目が その時にやっと自分の人生に対して良い感情を持つ。 自分らしく生きるという事を殺してしか器用に生きられなかった男が胸の中の渇望に苦しみを覚え、 ただその渇きを癒す存在を求めた時…目の前にいたのは現在の自分の恋人。 藤崎医師の不機嫌な指先。 「だから駄目だといっただろう」 低い声が受話器越しからでも怒気を孕んで相手を脅すような勢い。 もうすぐ夜から早朝へと空の色が移行する時間帯…自分の診療所のなかで 「変態が人間の皮を被って歩いているようなお前みたいな危険物体をアンに近づけられるか」 『……お前、本人目の前にして言う言葉がそれかよ?』 藤崎のなかでは電話先の相手は最早人類としてさえ認識されていないらしいく、 その証明にその眼差しには相手に対する侘びの気持ちなど微塵も浮んでいなかった。 二人とも30を過ぎたが、それでもこうして声を聞くときは砕けた口調で話し合う。 『いいじゃないか、一度顔みるくらい…お前そうやって1年も付き合ってる彼女全然紹介してくれてないぞ』 「貴様の素行に問題がある」 受話器越しに呆れたような声を出す男は藤崎にとって友人と呼べる数少ない存在だが 相手の事はよく知っているだけにお互い自分のなかの主張をなかなか引き下がらせない事もわかっている。 電話の相手である男は自分の恋人に一度でいいから会ってみたいとせがむが、藤崎はこれに関しては絶対に頷く気はなかった。 『……いうじゃねぇか……そうだ、お前クラシックに興味あるか?』 その言葉に藤崎のどこか冷たい印象のある双眸がふいにすがめられる。 「ない」 『一ミリも悩まずに切り捨てんなっ…9月に瀬乃崎 遊弦っていうチェリストの独奏コンサートがある…彼女たしか好きだったよな?』 「瀬乃崎?」 その名前を聞いた瞬間、藤崎の声がどこか複雑な色を孕んで、いつも人からはどこか冷たいと言われる少し明るめの 髪の間からのぞく目にははっきりと孤独な感情がみえた。 彼の胸の奥でパキンと乾いた音が鳴る。 その違和感を相手は感じ取った。 『どうした?藤崎…』 「もうすぐアンがくるから切るぞ、じゃあな一ヶ谷」 『あっコノヤロそんな理由で電話を切るんじゃな…』 一ヶ谷の非難の声も中途半端に切断し、藤崎は受話器を置く。 静かな雰囲気だけが診療所のなかを包み、独特のあの空気の中でただ佇みながら顔から表情がそぎ落とされていく気がする。 どうして?だとか、なぜ?を繰り返すのは息をするのさえ酷く困難なときの状況に似ている …藤崎がそんなことを考えていたときに入り口のドアを開いて誰かが入ってくる気配がした。 軽快な足音は藤崎にとって一番小気味良く耳に響く音だったけれど、 この時ばかりはそんなわけにもいかなくて小柄な彼女が問診室のカーテンの仕切りから少しだけこちらを 伺うようにしている姿にも苦しさを隠せない。 「先生?」 呼んでくれれば嬉しいはずのその声にも何も返す言葉が浮ばなくて藤崎の顔は能面のように感情を曝していなかった。 彼女が近くにきても彼の瞳にあるのはあの複雑な感情だけで、まるで自分自身 どうしていいのかわからないと感じているようにさえ見える。 こんなに近くにいるのに…。 アンの手が藤崎の白衣の袖にかかる。 「先生…どうしてそんなに独りきりみたいな顔してるの?」 小さなアンが泣きそうな目をして見上げる姿に藤崎の中でただもうこの彼女に対する沢山の想いが一気に溢れて腕の中に抱きしめた。 今この世界で僕と君が生きるうえで必要なものなんて、きっと片手で足りる数だよ。 だけど僕らは人間で、生きていて、孤独だから、そんなものはどうでもいいって叫ぶ。 藤崎は腕の中のアンを体全部で精一杯感じようとした。それは彼の中の焦燥を隠しておけなくし、恋愛感情からくる燻ぶりを吐露する。 「なんで…嫉妬してくれない?」 「え?」 驚いて腕の中から顔を上げたアンに藤崎は辛そうな顔をしたまま「違う」と首を振った。 「違う…言いたいのは…そんなことじゃない」 愛している相手を傷つける言葉じゃない…もっと違う…なにかを伝えたいのに…。 「…せんせい…」 アンには恋人が強く自分に対して何かを求めているのがわかった。 そしてそれをわかっていながらも尚、彼を諭すように言い聞かせる。 『もっと』って言わないで…欲張らないで…聞いていて…。 手を伸ばして請わないで…刹那に貴方を愛している気持ちを試さないでくれませんか? 優しい手が藤崎の頬を包み込んで、暖かな眼差しで見つめる。 アンはとても愛しげな表情をしていて、藤崎は思わず胸の鼓動が跳ねる気がした。 「私、先生の言葉で傷ついたりしないよ?いつでも先生は私のこと甘やかすみたいに包んでくれるけど… たまにはね、私にも先生の言葉を聞かせて?苦しいときに抱きしめさせて?楽しいときに二人でいるのと 同じくらい孤独なときにも傍にいさせてね?」 変わりに私を痛めつけてくれてもいい この身体に爪を立てて噛み付いていいから…何も自分を傷つけないで欲しい 貴方を愛している気持ちを疑わないでくれませんか? その為に傷ついて…胸から血を流す貴方を守りたいから ただずっと抱きしめていたい アンの言葉に藤崎はもう一度、今度はぎゅっと音が鳴るくらいに強く彼女を抱きしめながら大事なものがそこにあるのを理解する。 二人は診療所を出て近くにある藤崎のマンションへと朝食を摂りに戻った。藤崎は普段から 急患の患者とかが来てもいいように診療所にずっと入り浸りな生活を続けており夜に就寝するときも診療所で ほとんど仮眠するような状態だったが、アンがいてからは彼女が朝食を作ってくれるのでその為だけに自宅に戻る。 「大丈夫だよ?」とまだ夜も明けないような時間に診療所にやってくるアンを内心でとても心配している藤崎だが、 ここに来る直ぐ途中までを彼女はランニングがてらの弟と一緒に来ているのであまり強く言った事がない。 キッチンでアンが料理をしている姿を見ていると幸せになる。 自分の領域の中にいとも自然に好きな人がいてくれるから。 だからきっと今胸に湧き上がった欲も…好きな相手が傍にいるなら当然のもののような気がした。 溶け合うくらいの想いを身体を心を感じたい 僕と君が生きるうえで必要なものは、きっと片手で足りるなんて簡単なものじゃないのかもしれない…。 だってきっと… 呼吸するくらい自然に僕らはここに生きる理由を忘れて生まれたんだもの。 この身体がこんなにも息が出来なくなるような苦しみを抱くのは君という存在が生きる理由だと本能が告げているからだ。 呼吸するくらい自然に忘れていたものを細胞の中から全部で思い出すから…。 後ろから抱きしめて…サラダを作っていた手を止めさせた。 そのまま顎をそっと掴んで振り向かせると驚く彼女の息ごと塞いでしまう。 「…んっ…ぁ」 ゆっくりと彼女の唇が戸惑うように動くのが愛しくて舌を忍ばせて絡ませたら口づけの音は レタスを洗っていた水道の蛇口から流れる水の音にかき消された。 柔らかいその唇を何度もついばんで、絡ませた舌を軽く甘く噛んではピクリと震える彼女を労わるように藤崎の腕が優しく包み込む。 「俺が、他の女といても平気?」 「んっ…っ…え?」 「他の誰でも…例えその相手がアンの友達だったとしても…俺が別の女と一緒にいてアンは平気なのか?」 藤崎の手がアンの上着の裾にかかって、そろそろと捲り上げると直に触れるためにそこに差し込んで 滑らかな肌を這うと腕の中の恋人は小さく鳴き声を上げた。 「あ…っん…だってそれ、は…睦月は…自分の彼の為にしたことだ、か…ら…やんっ」 アンの友達の時掴 睦月が、遠距離にいる恋人に会いに行くときに渡すプレゼントを思い悩んでいて、 だからアンは、睦月の恋人の年が藤崎と同じくらいなのを知っていたので きっと藤崎ならどんなものを贈ればいいかもわかると思い、彼女を助けてくれるように頼んだのだ。 わざわざ睦月が直接に藤崎と連絡が取れるよう、携帯のナンバーを教えても良いかと言われたとき、アンと過ごした時間の中で 初めて彼の胸に『空虚』という名の乾いた音がした。 「あっ…せんせっ…ふっ」 不機嫌な指先が彼女の胸の先端を下着越しから少し乱暴に引っ掻くとそれだけでビクリと大きく震えて泣きそうな声を上げる。 「アンにとって俺はそれだけ?…その程度の存在?」 首筋に口付けて痕をつけられないのを惜しく思いながら手はそのまま下着を押し上げて直に胸を揉みしだく。 後ろから羽交い絞めるような体勢で二つの脹らみを愛撫し、 先端を摘んではじれったくなるような動きで転がして高く甘い声を上げさせた。 「あぁっ…はっ…ぁ…やっ…」 脚の付け根…その中心が熱くなり、彼女の中の蜜を溢れさせてきてアンは無意識のうちに膝をあわせて 耐えるような仕草をする。それに気がついた藤崎が胸に触れてた手を今度はその密かな場所に触れるために キッチンの天板のうえに浅く座らせると彼女の下着を下ろし、そのまま濡れた部分に舌を這わせた。 「やっ…あっあっ…ぁは」 クプンと藤崎の舌が内部を行き来するたびにそんな音を立てて彼の舌先が掬いきれなかった蜜が 天板の上に小さくぽたりと落ちる。その間にも藤先はアンの胸を再び愛撫し、 もう片方の手で秘部の分け目を指で押し広げて更に深く舌を割り込ませた。 ぬめるような音が響くたびに藤崎の唇が濡れて、分け目に触れている手も同じようにアンの蜜で汚れる。 「ぁあっせんせ、い…も、…おねがい…」 アンの懇願にも藤崎の指と舌は許してやらない。まるで更に苛めるように内奥に指を突きいれ、 彼女の一番敏感なところだけを避けるように擦りあわす。クチクチと切羽詰った音がして、 それでもなお藤崎の舌が秘部の周りを這い、花芽にかすかに触れては離れた。 「やぁっ…やめてっ…こんなのっやだ…ぁ…せんせいっ」 アンの瞳は涙を浮かべて、これ以上は限界だと告げたから藤崎は不機嫌な指先を納めて自分自身を取り出すと まだ息も整わないままのアンのなかに押し入ってく。 彼女の細い腰を掴んで固定し、深く奥まで入りこんではぎりぎりまで引き抜くとまた一気に突き入れるのを幾度も繰り返し、 その度にアンのなんともいえない遣る瀬無くて甘くて悲鳴のような可愛い声が上がった。 それがとても愛しくて藤崎は何度も彼女の肢体のなかを出入りする。 「っあっあぁ…ぁん…ふっぅ…」 快感をなんとかやり過ごそうとするアンの思いを藤崎の動きが妨げてもっと蕩ける様な気持ちに変えてしまう。 揺り動かし、甘い音を唇と下肢から上げさせてキッチンの天板には二人の情交の跡がいくつも出来上がった。 ぽたり、ぽたりとお互いのものが混じりあい落ちていく。 「せんせいっ…あっ…ゆき、や…せんせ…あぁああっ」 可愛い悲鳴を上げながらアンが達するとそれを追いかけるように藤崎も同じところに行き着いた。 首にしなやかにアンの腕が絡んで…それからぎゅっと抱きついてくる。 「違うよ…先生は…ずっと私の特別だもん…誰にもあげたりなんかしない」 耳元で囁く愛しい子の言葉に藤崎はひび割れていたものが満たされて、ゆっくりと大事なものを取り戻していくのを感じた。 この子に出会ってから酷く思うことがある…。 眩暈がするくらいに愛されてみたいと…。 そしてそれ以上にこの子を愛している自分を喜んでいる事を。 「俺もアンを誰にもやったりなんかしない」 誓いを封じ込めるように藤崎はアンの唇に口づけた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それから身支度を整えて藤崎がアンを送り出した頃。 「チケット2枚…用意してくれ」 どこか不機嫌な声なのは電話の相手に何かを頼むのがどこか癪に障るからだろう。 『へぇ〜やっぱり彼女の事となるとお前も甘くなるんだな』 「………」 『今度チケットもってそっちに行くからその時にいっぺん会わせ…』 一ヶ谷の言葉は藤崎のその表情と同じ不機嫌な受話器を置く音といっしょに切断された。 |