★黒木 奎吾のささやかな戸惑い。★

〜地上に降る初めての雪よりも穢れのない俺の…〜

06年9月11日完成。

07年5月30日掲載







 黒木の愛情表現というのはとてもシンプルで“大事なものは自分で守る”というただこの一つに全部が表されている。
 その恋人は大柄で背の高い黒木が抱きしめると本当に小さく映ってしまうくらいに可憐なのに驚くほどに奔放で情熱的な人だった。



黒木 奎吾のささやかな惑い。



 「いい加減にしなさいよっ奎吾!今まで散々言ってきたのにまだ信じてないのっ」

 怒りに肩を上下に動かしながら喋っている黒木の自慢の恋人… 七海はさっきから大きなラタンソファに座って彼女の方に顔を向けながらひたすら黙ったままでいる 黒木本人に髪が乱暴に揺れるほど喚き立てているのだけれど、そんな彼女を前にしてこの男が思うことといったら 「怒ったところも可愛いなぁ…七海は」というちょっと腐りかけた事だけだった。
 こんな男の有様を友人の藤崎と一ヶ谷が知ったなら可哀想な人を見るような目をして頭を抱えているに違いない。
 七海と黒木は昔からお互いの部屋に何の気兼ねもなく出入りする仲の良さだったので、 付き合いだしてからも相手の部屋に訪れる事に遠慮がないが、 この日七海のほうが突然黒木の部屋に押しかけるようにしてやって来て、なぜか今こんな状況になっていた。

 「それともまだあの事を気にしてるのっ?」

 七海が怪訝そうに口にした“あの事”というフレーズにそれまでのん気に彼女が“奎吾”と 自分の名前をずっと呼んでくれていた時間にご満悦だった――彼女が怒っているという事実は 黒木にとっては些細なことらしい――が、初めてその表情を動かした。やや強面のその顔が それまで笑顔こそなかったにせよ温和な雰囲気でじっと七海の言う事に耳を傾けていたのだけれど、 さっと…意志の強さがはっきりと表れている唇を引き結んで眉を僅かに寄せ、硬いものが含まれた表情へと変わる。
 黒木と七海は、七海が生まれた頃からの付き合いで年上の黒木は七海のことなら大抵の事は何も聞かないでもわかるし、 七海は七海で、黒木のどちらかというとぼやっとした性格も気の強い自分を思えば羨ましく思う事すらあり… そして彼からの想いにも以前から気がついていた。
 黒木が自分を好きなことに。
 だが七海は彼のその気持ちに気がついていても別の恋を選んだ。
 彼女にとって黒木は頼れる兄で、傍にいて当然の存在で、いつまでも決して壊れるとこの無い安定した絆を結ぶ相手だった。

 「代わりなんかで奎吾を選んだんじゃないわよぅっ」

 初めての恋を相手からの別れという形で失い、傷ついて、でも自分の弱っている姿は誰にも見せたくなくて 頑なになっていく七海のことを辛抱強く解きほぐしたのは他でもない黒木で、冷たくしても文句を言っても… ひっぱたいてしまった時にも大事なのは七海だと語った彼にいつの間にか惹かれて、引き寄せられて…離れられなくなった。

 想いも伝えた…それこそ四六時中も奎吾のことばかりを考えてしまうのだと… キスもしたはずで…親愛のレベルを超えた本当に好きな相手と交わすキスだ… なのにこの男…2ヶ月もたった今でも自分から手をだしてすらきやがらない。

 「…やっぱり…後悔してるの?」

 七海の言葉が指している“後悔”がなんなのかをすぐに気がついた黒木は思わず座っていた腰を浮かせて驚いた。
 「違う、七海…」
 たった一人愛している人からそんな風に言われたら悲しい。
 「七海が誰かの代わりに俺を好きな訳じゃないことも、お前が俺のことを本気で選んでくれたことも… 七海が言ってくれる“好き”も何もかも全部疑った事はないっ」
 黒木は七海がはっきり言わなければわかってくれない性格なのを知っている。だから 付き合いだしてからの2ヶ月の間、彼は七海に対して曖昧な態度はとったことはなかったのだが…。


 数日前の“あの事”がきっかけで二人の…というよりも黒木の方で何気なく七海に接する仕草にぎこちなさが滲み始めたのだった。

 「じゃあ…なんで、あの時から…ちっとも…」

 七海の小さな唇が恥ずかしさを耐えながら、それでも綺麗に揃った睫毛を震わせ、 真っ直ぐな気性を表す瞳を今回ばかりはゆらゆらと彷徨わせながら呟く。
 恋人同士という関係は不思議なもので、他人にとってはそれほど心動かされる事もない些細な仕草であっても 当人からすればそれはそれは凄まじいまでに魅力的に感じてしまうこともよくある。
 特に付き合い始めて間もない黒木にとっては例え生まれてきてくれてからずっと 傍にいた彼女であってもその効果は絶大であり、七海のそのいじらしくも可愛らしい声に 「なんでそんなに俺を惑わすんだ」という病んだフレーズが脳内を支配中。

 「奎吾…後悔してないなら…あの時のつづき…して?」

 あの時あの時あの時…あの時というと…やっぱり数日前のあの事ですか?

 泣きながら迫られてしまった挙句に指だけでイかせてしまったあの事でしょうか…?

 結果「なんでそんな経験豊富なのっ」と怒られてしまったあの事でしょうか…七海さん…。

 黒木の脳裏に甦るのはベッドシーツの上で感じいって鳴く七海の声と小刻みにふるりと 震えては自分の指を咥えこみ…ソコを締めた時の感触。
 『奎吾…』
 囁くような、切なさを滲ませたあの声。
 その声で名前を呼ばれて言葉にできないくらいの高揚感と、七海の愛らしさを実感して可愛くて優しくしたくて…。

 『どうして最後までしてくれないのっ』

 イかせてしまった後で思い切りなじられてしまった。

 …頼むっ言い訳させてくれっだってあの時七海は風邪を引いて高熱を出していて 看病していた俺はただでさえ可愛くて愛している女の熱い肌と息遣いを感じながら 自分の男としての感情に必死になりながら目を背けて劣情を殺して接していたのに 七海ときたらいきなり首に腕を回してその熱い息を吐きながら「…して」なんて言ってくるし 熱くなった身体を押し付けてくるわ柔らかいわで駄目だと言いたくないのを噛み殺して 「離れて…七海」と諭そうとした俺が馬鹿みたいにあっさり唇塞いでくるしトドメは 「奎吾にならいい…」っていう最凶の殺し文句を耳元で囁かれたんだぞ…そんなことをされて、 この俺に一体どんな抵抗ができたっていうんだっちくしょうっ(この間僅か0.5秒)だからって…だからって…。

 風邪を引いて苦しんでいる彼女に最後までなんてできるわけないだろっ

 「…やっぱり…嫌だった…無理やりお願いしたこと…」

 いいえそれは嬉しかったし…楽しかった…という一面的な心の声に黒木は自分で自分の首を切り落としたくなった。
しかも風邪を引いてしまった七海のために自分から呼び込んでしまった旧友の藤崎が具合を見に来た時に…
 「貴様っあれだけ安静にさせておけと言ったのに――(自主規制)――しただとっお前は一ヶ谷か! このムッツリ!!ケダモノっ!!欲求不満オトコがっ」とさんざんに罵倒された過去も甦る。

 以来黒木は七海が傍にいると“あの時”の彼女を思い出して男としての欲望と、 自身への自己嫌悪とがないまぜになり、そして“どスケベ”を地でいくあの一ヶ谷と 同列にみなされたことへのちょっとしたショックからどうしても仕草がぎこちなくなってしまっていたのだった。

 完全に自業自得である。

 黒木は誠実な男である。嘘のつけない男である。強いし悪に屈しない心の持ち主であるが お利口ではない。はっきりいうと気の利かない男なのである。
 顔も悪くなく、利口ではないが頭は良いし、性格もまぁ目を瞑る部分も多くはない黒木なのだから 年齢も30近くなって本気で付き合っている女の存在があってもいいものなのに…この男、 七海と付き合うまでそんな存在さえいないのだった。

 自分を本当に理解してくれているのは七海だけだと本気で思っている。

 この男はこれまでの人生が七海中心だ。

 なんの彩りもない真っ暗な世界で生まれて初めて彼のなかに綺麗な綺麗な光のように 七海の存在は打ち込まれ…その光は今でも変わらずに鮮やかで激しく、また美しい。

 「奎吾…奎吾…ぅっ…く…」

 声を震わせて愛しい人が泣いている。
 その小さな肩が…指が…瞼が…不安に怯えていることを空気が伝える…自分を呼んでいる…。
 こんな自分が必要なのだと泣きながら求めてくれている。
 それだけでいてもたってもいられなくなる程、黒木自身もまた七海という存在を求めていた。
 長くてたくましい腕が自分が愛している少女を抱きしめようと伸び、その大きな身体が傾く… 黒木と少女の間にあるマホガニーのテーブルが妨げとなって腰の辺りでガツンと鈍い音がした。
 痛みを堪えるように息を詰めた黒木に七海は飛び上がるように慌てて彼の傍にテーブルを 回ってやって来ると「大丈夫?」と心底心配して身体を支えるように腕を添える。
 暖かな温もりを感じる大事な人の気配に黒木は、彼が表現できる最高に嬉しそうな顔で 七海のほうを向くと節くれだった指がそろそろと伸ばされて確かめるようにひたりと桃色をした頬に触れる。

 「まだ痛い?」

 まるで自分が痛いと言っているようにか細い声で問うてくる七海に黒木は微笑んだまま 首を振って否定した。そのうちにもう一方の手も彼女に向かって伸ばされ、 包み込むように柔らかな頬を大きな手がぴったりと吸い付くように触れておずおずとぎこちない仕草で二人は向き合う。
 「無理しちゃダメだよ?」
 眉を寄せながら七海はまるで小さな子供に言い聞かせるように言うのだが、 黒木はそれに気分を害した様子もなくコクンと大人しく首を縦に振った。

 七海 七海 七海…。

 七海という光は黒木の心の振り子を0から一気に100まで揺り動かす。
 自分の双眸に光りを見出せない黒木が唯一信じる「光」。
 生まれた時から視力が無く、色彩のない世界で自分にばかり興味を向けて生きていた少年が始めて感じた。

 ああ、これが「光」なんだ…と。

 恋に落ちて、真っ逆さまに溺れていったのはあっという間。

 でもそれは黒木自身まったく気がつかない心の奥深くでひっそりと、でも春のいかづちのように衝撃的に起こった出来事で、 彼にとって七海は掛け替えのない特別な存在だったけれどその気持ちが恋愛とは思いもしていなかった。
 気づいたのは、七海が小学校に上がった頃。
 勉強に友達にと次第に七海が黒木との時間から遠ざかっていって初めてそれが恋だと気づいた。

 七海がいつか自分から離れていってしまうのだと気づいた瞬間と同時だった。

 「七海…」

 目は見えないけど七海のことはいつも誰よりもずっとずっと心から見つめてる。
 未だに彼女の事になると黒木は周りの事がまったく見えない…本当に真っ直ぐに七海に向かって走っていこうとするのだ… 彼女以外の物の気配さえも感じられないほど…。

 「…痛い…」

 辛くて、苦しみを吐き出すように黒木は呟いた。
 身体の痛みは些細でも心に刺さった棘の痛みはなんて酷いのだろう…。
 「痛いの?どこが痛いの?…奎吾?」
 自分はいま七海に怯えている…七海との恋に臆病になってる…。
大好きな人を前に一歩も踏み出せないで振り向いてはくれないと確信しながらも呼んでいる… まだ君を相手に恋を始める前の自分が、ふと省みればすぐ後に立っている気がして怖い。
 七海…七海…怖いんだ。
 「俺のなかの“オールトの雲”のなかに君が居たんだ…」

 「?」

 意味を図りかねた顔をする可愛い人の耳元で男の唇が「星を知らない俺が唯一つ知っている…心に降り注ぐ …輝く彗星(ほうきぼし)だよ」と言葉を紡ぐ。
 心に熱が灯るとき必ず君が閃光と一緒に胸を打つ。
 今夜はお互いの心の丘に流星が雨のように降る夜だよ?と告げる代わりに小さくて柔らかな君の唇に星を吹き込む。
 柔らかで優しい君に合わせる様にただひたすらに真綿で包んでしまうように愛撫する。
 キスをすると七海の身体が震えて、抱きしめた彼女の身体…その奥の鼓動が一層強く跳ね上がったのが密着した黒木に伝わった。
 そして七海のその反応に、黒木もピクリと小刻みに一瞬震える。
 何も知らない少年のように心がドキドキとするのだ。

 たった一人と決めた人を初めて抱く事に。

 視力を持たずに生まれた黒木はやはりそのほかの感覚が鋭敏で、 目に見えないものを確かめたい時はまず指先で触れるのだが、殊更彼は七海の顔に触れるのが好きだった。
 昔からよく自分の顔と七海の顔を触れては比べる。

 七海から「奎吾の顔は男の人らしくて素敵だね」と言われ、 ぺたぺたと自分の顔の輪郭や彫りの深さを確かめては次に七海の顔に触れた。 卵のような形の顔やマシュマロみたいに柔らかな頬に、小さくてツンとした鼻や、 ふっくらとした唇を感じるたびに七海の顔はきっと誰よりも女の子らしいに違いないと黒木は思っていた。

 ずっとずっと前からの黒木 奎吾の宝物。

 彼女の小さな手が連れて行く…めくるめく時間の海へと。

 握っている彼女の手はぽっと熱く温もっていた。それは以前のように風邪を引いて起こる熱じゃなくて  情熱の花の咲いている場所から沸きあがるものだと…同じ熱を帯びた手を持つ黒木は知っている。
 七海が導いていく…黒木の部屋の寝室のドアが開いて、しん…と静まり返った空気の味がした。
 それはこれから二人がお互いの色に染まる前のセレモニー。

 ギシッとベッドが軋むなかで七海は自分の女物の小さなコットンシャツのボタンの前へと黒木の手を導く。 するとヒタリと大きな手は彼女の体のラインをなぞるようにぴったりと触れ合わさりながら動き、 首元から胸までを遠慮がちに確かめてからボタンを外しだす。

 彼女の肌が少しずつ外気に曝されていく度にその清らかさが溢れていくような気がして息ができない錯覚さえしそうだ。

 サラリと七海の髪が揺れた音が耳に届いたと思った次には唇に滑らかなその髪がふわりと掠めてドキリと…またひとつ鼓動を打つ。
 キャミソールの裾に手をかけて上へと引き上げた時、空気が舞い上がったのと同時に七海の香りが広がって 胸が熱くなる。そろそろと脇から背中へと移動してブラのホックを外せばきめ細かな肌が身じろいで劣情を煽った。
 「…んっ…ぁ」
 小さく擦れた声があの時の甘い記憶を呼び起こす。
 黒木は一端七海の身体から手を引いて、自分のシャツを脱いだ。すると何も身につけていない 裸の上半身に彼女の手を持っていって「触れて」と言う様にその胸板に置く。

 七海がちゃんと自分とそうなりたいと思ってくれているのかを実感したい。

 独りよがりな感情ではないだろうかと不安がる心を七海に知られてもいい…君を抱きたいと 熱情を孕む男がここにいるのだと感じて欲しかった。
 細くてしなやかな腕が自分へと伸びてくるのを感じ、頬を包み込んだ手が引き寄せる先… 「私の唇はここよ」と教えるようにその顔へと近づけていく。
 羽のようなキスを飛び越えて深く貪るような口づけを求めても嫌がらない唇が開いた奥にある舌と絡めあう感触に嬉しさで眩暈がする。

 「ちゃんとここに七海がいるんだ」

 何度も唇を舌でなぞり、歯列をつつくとむずがるように声を上げる七海の身体。
 昔は腕の中に包み込むたびに「成長しているんだなぁ」と、月日を経るごとに大きくなっていく彼女のことを微笑ましく思っていた。

 けれど今この時…この身体はこんなにもか弱く、小さく感じる。

 目では感じれない恋人の姿を想いを、自分が使える可能な限りの感覚器官で感じ取りたい。
 丸みを帯びた頬から、顎へと唇が移動して一度軽く歯を立てる。ぺろりと、その噛んだところを舐めながら喉へと下り、 首の横のほうへと唇を移動させるとぴくりぴくりと彼女の鼓動が皮膚の下にある血管から聞こえて無性に愛しくなった。
 なんだかここに彼女が居るだけで…存在してくれるだけで可愛くて、愛しくて、嬉しい。

 たったそれだけが酷く泣きそうになる。

 「可愛い…七海、大好きだ」

 強く吸いつきながら、優しく舌でなぞりながら、七海が言う「経験豊富」 な自分をどうか許してくれるように祈った。経験は多いほうだとは自分では思わないのだけれど、 そういう自分を七海が嫌がっているのだけはわかるから心の中で詫びを入れる。

 過去はどうにもならないけれど、未来のこれからは全部七海のものだと決まっているから…だから今ここからの自分を残さず貰って?

 黒木の愛撫は七海の全てを繊細に暴きだそうとしているように慎重で、肩のラインから指の形までを丁寧に確かめ、 背中のなめらかでしっかりとした感触も一つ一つ辿っていく。
 「ぁっ…ああ、んっ…ふ…」
 怯えたように、何かを堪えるように、耳に聞こえた声は切なさを帯びていて黒木は一度、 七海の唇に深くキスをした。見えないけれど感じる彼女の視線に優しい笑顔を向けながらそれで安心してくれるように願う。

 恥ずかしがる君も勿論とても好きだけれど。

 「今はね、心を開いてくれたほうがいいんだ…七海が感じるところが見たい」

 再び首筋に唇を寄せると、鼓動の速さは比べ物になら無い位に早くなっていてピクピクと動く 血管の動きがとてもはっきりと感じ取れた。
 「七海の声が聞きたい…もっと…」
 ふわりとした胸の先端を軽く食むとビクリと小さな背が反りあがる。
 「っやぁん」
 男の黒木からは想像もできない女性の…七海の胸の柔らかさ。
指の間にもう片方の胸の先端を挟み込んで手で揉みしだきながら、口に含んだ方のものも執拗に舌で転がしては吸い、 ちろちろとつつく。乳首の周りも舐めあげながら時折歯を立てると七海は感じ入って、  責め立てられることに耐えられないというように高く擦れた喘ぎ声を出す。
 「あっ…ああんっぁう…んっ」
 ピクン、ピクンと反りあがりながら小刻みに震える背に手を回して、 わき腹を通りながら七海のハイウェストのスカートのホックを外し、 チャックをジリリと下げる。するりとそれを抜き取ってしまう間にも唇は 彼女の胸への愛撫を続けたままで、次第に硬く尖りだし、確かに主張している先端の感触に細く笑んだ。
 そのうちに長い黒木の腕がそっと伸びて七海の顔に触れるとそろそろと額の辺りを探り出す。
 つっと指が彼女の快感を感じてしわの寄った眉間を撫で始めた。労わるようなその仕草に七海の心が だんだんとほぐれてきつく寄せられていた眉はいつもの優しいラインに戻る。それを確かめた黒木は 彼女の髪を何度か撫でてから次に腰の辺りを探り出すとショーツに手をかけて引き下ろし、 柔らかな身体を覆うものを全て取り払った。
 「あっ」
 途端に小さく七海の身体が跳ね上がったが黒木は彼女の脚の付け根…そこにある茂みの感触をしばらく楽しんだ後、 静かにぴったりと閉じられていた秘裂を指で開く。
 既に濡れていたソコはすぐに黒木の指を汚して彼が焦らす様に入り口の辺りをなぞり上げ、 少し上にある小さな粒の周りを撫でるのだが、核心に触れずにそうしてじれったい愛撫に 集中する黒木に対して七海のほうが限界を感じ始めた。

 「んっ…っん奎吾ぉ」

 甘い声が呼ぶのにも黒木はさして動かされた様子もなく、 唇はいつの間にか胸から離れてわき腹や臍の辺りへと移動していた。 七海の脚の間を探る指も相変わらず彼女が最も感じる部分をワザと避け、じりじりとした愛撫だけを与える。

 「やぁっ…こんなの嫌ぁ…奎吾っ焦らしちゃヤダっ」

 恥ずかしさを追いやって快楽を追いかけたい気持ちが七海のなかで大きくなった瞬間に 黒木をねだる言葉が自然に零れ落ちた。それを聞いて黒木の指が彼女の入り口の周りを 幾度かなぞってから指を一本ソコへと呑み込ませる。
 「ああっ…ああぁぁっん」
 直ぐに絶え間なく水音を立てさせながら抜き差しをし始め、七海のソコからはクプンッと 何度も湿った音が室内に響き渡る。待っていた愛撫に七海の喉からは堰を切ったように上ずった声が溢れた。
 「ぁあっ…ああんっ…ん、ふっ…け、いごっもっと…やぁたりなっ」
 自分はもっと黒木の与える感触を待ち望んでいるのに一向に与えてくれない事に焦れた七海が 「もっと欲しい」と指を呑み込んでいるソコを締め付ける。
 黒木は言葉を返す代わりに彼女が望んだ指をもう一本増やし、少し上にある花芽に 舌を這わせながらちゅっと音が鳴るくらいに吸い上げた。するとビクンッと大きく七海の身体は跳ね上がり、 きゅうっと指を呑み込んだ場所がきつく絞まる。
 「あっあっ…あっ奎吾…やぁ奎吾を感じて…イ、きた…ぃ」
 可愛い事を言ってくれるその声があまりにも感極まっていて甘く上擦っていた事に黒木の方も一気に高まって、 さっと一端七海から離れて自分の衣服を全部脱ぎ捨ててからサイドボードの引き出しから取り出したものを 封を切って取り付けてからベッドの上に横たわる彼女の隣で胡坐をかき、その小柄な身体を起き上がらせて自分の脚の上を跨がせた。
 さっきじっくりと解いた入り口を再び指で探りあてるともう一方の腕で七海の腰を抱き、ゆっくりと自分をあてがい、進入する。
 「はんっ…ぅ」
 先端が入りきった時点で七海が圧迫感に息を詰めたので黒木は慰めるように首の辺りを優しく撫でて 緊張を緩めようと試みるとそれが成功したのか彼女が深く息を吐いた。それに勇気づけられて更に奥へと推し進めていく。

 開かれてはいたけれどまだ経験の浅い身体。

 七海が前の恋人と身体を結んでいた事を黒木は知っていた。なんというか、 風邪を引いた彼女に迫られて指だけの愛撫で辛うじて止めたあの日…自分の愛撫に反応する姿に、 たぶんそうなのだろうと半ば確信していた。
 それだけでわかってしまう程、黒木のほうに経験があったのだろう。

 「奎吾っ…奎吾ぉ…」

 不安で不安で…泣き崩れてしまいそうな悲しい声で可愛い人が呼んでいる。
なにをそんなに怖がっているのかをわかっている黒木はその小柄な身体を抱きしめて、何度も何度も後頭を撫でた。

 ねぇ七海、俺はね、俺のものじゃない部分をもっている君なら要らないなんてちっとも思わない。 君が俺のものだから好きでいるわけじゃない。

 「愛してるよ?俺の大好きな七海」

 とびきりの情熱を込めて深く口づける…甘く、熱く、激しく、そして繋げた場所から更に煽り立てるように揺すりあげていく。

 「あっん…ああっ…ぃ…」

 七海の張りのある尻を両手で固定して揺らす腰でぬめった音を響かせながら打ち付ける。
 その度に奥までを沁みこむ様に悦楽が押し寄せた。

 「痛い?」

 最奥までを容赦なく抉ってくる動きに七海が負担を感じていないかと心配になって聞いたが、彼女は小さく首を横に振る。

 「う、うん…っ気持ちっ…いぃ…っあっあっ」

 黒木を迎え入れている場所もヒクヒクと蠢いては締め付け、中で挿入を繰り返しているものが絶え間なく与えてくる 悦楽に彼女の中から溢れるもので脚の間から熱い液が滴った。
 ぬめりが更に二人が快楽を貪る速度を上げていく。腰を微妙に動かして突き上げる角度を変えてやりながら 七海が最も感じる箇所を捜し当てようと黒木がやっきになった。

 「んっんっ…っふ…あっ…あんっそこはっ…やっぅ…ああぁっ」

 きゅうっと黒木を締めつける強さが激しくなった事にソコが彼女の一番イイ部分なのだと知ってグリンッと 何度も同じ角度で突き刺してやるとビクリッと大きく震える。
 「あああぁっ…やぁっ…ダメっ…深くしちゃっ…」
 突き上げられる度にやってくる甘すぎる刺激の連続に次第に絶頂へと追いやれて行く七海が哀願のように言葉を発した。

 「あうっ…んっはぁ…いっしょに…ぁ…て、お願いっ奎吾…一緒に…イきたっ」

 「ん、…七海…ちゃんと約束はっ…守る…」

 熱い楔を打つ速度を一気に上げて黒木は自分も絶頂へと押し上げる。しっかりと掴んだ七海の身体へと自分の想いを注いでいく。
 「あんっぁあんっ…くっ…ぁ…あはっ…けい、ごぉ…はぁ…んっ」
 黒木の想いと身体が速度を増すたびに七海の唇から溢れる声も間隔を一層短くして上がり、 彼女の白い胸がふるりふるりと黒木の厚い胸に擦れた。二人の汗が揺すりあげられるたびに辺りに飛び散っていき、 もうお互いに限界が近いことを悟る。

 「はぅ…あぁっあぁぁっ」

 隙間なく埋め込まれていたものが一瞬その質量を一層大きくした時に七海は絶頂へと辿り着き、 その直ぐ後から黒木も彼女と同じ思いを味わった。
 荒く呼吸するお互いの息遣いを感じながら力をなくしてもたれかかる七海を黒木がそっとベッドの上に横たえてやり、 自分もその隣で寝転がる。火照った体のままお互いに離れる気がないようにぴったりと寄り添いながらそうしてしばらく大人しくしていた。

 だがそうしているうちに黒木の手が七海の身体に触れ始め、未だに静かに目を閉じて身体を休めていた 彼女の細い肩や鎖骨に唇を寄せ始める。敏感になった身体は直ぐに相手の愛撫に反応してピクンッと震えだす。
 「いい?七海」
 愛欲の声を耳元で囁かれて、七海ができることは彼の愛しい唇にキスを贈る事だけだった。
 黒木は再び組み敷いた身体をうつ伏せにしてしまうと七海の腰を掴みそこだけを高く抱え上げ、膝立ちになり一気に貫く。

 「ああああぁっ」

 眩暈のするような挿入の刺激に耐え切れない七海の悲鳴のような嬌声が迸ってゾクゾクとその背筋が快感で震えだす。
 黒木が労わるようにその背を撫でるのだが、綺麗な形の肩甲骨が揺らめく動きにごくりと唾を飲み込み、 逆に更に快感を与えようと口づけを始めた。
 「やんっ奎吾…ぉ…」
 甘やかな声に惹かれていくように黒木の腰が抜きさしを始めていく。
 「あんっ…あぅ…っふ…ああん」
 二度目の情交に溺れながら二人このままこれだけでは終われないほどの欲望と愛情の燻ぶりを感じてお互いの身体に沈み込んでいった。









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 目が覚めたとき、七海は一瞬朝なのか昼なのか夜なのかわからなかった。

 あるのはただすたすら甘い余韻を引きずった気だるげな身体の重みと、相手の感触だけ。

 寝息を立てて眠っている愛しい男の寝顔を見つめながらくすりと笑い声を立てた。
 「ねぇ?“オールトの雲”ってなにか後で教えてね」
 小さくそう呟いただけだったのに、隣で寝ていると思っていた男はそっと腕を伸ばして七海を抱き寄せる。
 「彗星の生まれる場所だよ…太陽系形成期に存在した原始太陽系星雲で形成された微惑星または微惑星が 集まった小天体が残っていると考えられている領域で…彗星はオールトの雲とエッジワース=カイパー・ベルトに 起源をもつと考えられているんだ…彗星の本体は核と呼ばれていてね、核は純粋な氷じゃなくて岩石質や有機質の塵を含んでいる。 だから彗星の核はよく「汚れた雪玉」に喩えられるけれど…」

 七海の好きな微笑が万遍に広がった。

 「俺の心に降ってきたほうき星は誰よりも澄んだ綺麗な光の核をもっているんだ」

 彗星が太陽の近くへ戻ってくることを「回帰」と呼ぶ…離れていってしまったと思っていた 黒木の彗星は再び彼のものとへと帰ってきた。

 「七海」という彼の大事な宝物が。



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