雪村 瑠依。友達からは“るい”と呼ばれています。 18歳。高校三年生です。 高校の成績は平凡。国語が得意で体育が苦手。 好きなのは読書と甘いケーキ。 物事はあんまり深く考えられない。 悩みは最近異様に絡んでくる5つ年上のお兄さん。 雪村 瑠依ちゃんの悩み事 「何度も言いますけど」 「うん」 「わたしは頑張ることが嫌いです。」 「うん」 「ついでに器用じゃないんです」 「うん」 「だから面倒くさい関係とか…」 「、うん」 「駄目なんです」 「…うん」 二人正面に向き合うようにして正座しながら瑠依がまるで説教でもするようにとつとつと目の前の青年に言い聞かせる。 周りで遊んでいる子供たちが時々二人を奇異な目で眺めては「なにあれー?」と怪しんでいるが、それもそうだろう、公園のベンチに二人向き合うように正座して尚且つ男の方が少女に叱られているとしか見えない光景だったのだから。 非常に肩身の狭い思いをしながらも真顔で瑠依が一つ一つ話す言葉に青年は律儀に相槌を打っていたが、次第に声が小さくなり、最初はちゃんと瑠依の目を見ていた視線が外され、次にはうな垂れ、次には唇をきゅぅっとかみ締める。 「あなたとは付き合えません」 最後にはっきりと伝えた言葉に返事はなかった。 年上のお兄さんは何時までも俯いたまま、膝頭に手を置いてぎゅぅっとズボンの布地を引っ掻くようにかき集めて、広くは無いけれど、それでもちゃんと男性らしいはずの肩がどこか小さく見える。 その様子を見ながら瑠依は内心では焦った。 (ああ…どうしよう傷つけた) (また傷つけちゃった…どうしよう) (お願いだから、もう二度と好きって言わないで) 「…それで、も…瑠依が好きだ」 お兄さんの告白は空しく瑠依の頭に響いた。そして彼女はもう相手に対して(このお馬鹿)としか思わなかった。 雪村 瑠依は本人がさっき述べたように頑張るのが嫌い・器用じゃない・面倒が嫌いな性分で、けれど人並みに色んなものに憧れたり興味を持ったりはする女の子。 しかし何事にもかなり中途半端なのが玉に瑕(きず)。 美味しいお菓子や料理を自分で作ってみたいと張り切って本屋で本を買っても、何時の間にか見るだけで満足しているし、何処か遠出して思いっきり遊びたいと思っても雑誌のテーマパーク特集なんかを友達と楽しくはしゃいでいるうちに行った様な気分になり、オシャレなアクセサリーやチャームを買おうとしても色々あり過ぎて迷った挙句面倒になって何も買わない。 男の子との付き合いもそんな性格が災いしてか2回ほど自然消滅している。 瑠依は今まで何に対しても夢中になったり集中して打ち込んだことがないのだ。 遊びにも勉強にも恋愛にも。 「ごめんなさい。私は付き合えませんから」 そう言って瑠依はベンチから降りる。 「だってわたし、いまお付き合いしている相手いるし」 数週間前に付き合いだした相手が瑠依にはいた。 はっきりいうと瑠依は人に対してもモノに対しても愛着が湧くのに時間がかかるタイプなので、現在彼氏であるはずの男の子の顔はこの時浮かんでさえこなかったが。 言い捨てて青年の前を通り過ぎていく時、瑠依の視界の端で彼の肩がビクリと震えているのが見えた気がした。 一瞬振り返りそうになった瑠依は、けれどぐっとそれを堪える。 だいたいあの青年は瑠依に付き合っている彼氏がいることを知っているはずなのに。 だから瑠依は「面倒な関係は駄目」なのだときっぱりと言ったはずなのに。 あの人はあの気の強そうな目を不安そうに揺らしながら「好き」だと告げてくる。 「柊さん…諦めてくれないかなぁ…」 瑠依はそろそろ日も暮れる空を見上げて呟いた。 「絶対明日の朝もいるんだろうなぁ…わざわざわたしが良く通る校舎の場所とかに居るし…放課後になったらなったで校門前に立ってたりするし…面倒だなぁ…」 ああ、なんだって… 「柊さんは美鈴ちゃんの部活のOBなんだろねぇ」 「知るかっ大体るいこそ柊さんがウチの部活のOBだってわかってて何で遊びに来るのよ?」 次の日の放課後、瑠依は弓道部の道場に足を運んだ。 瑠依は帰宅部だったが2年生の頃に知り合った親友の美鈴が弓道部に入っているので週に2・3回は遊びに来ている。その間に入部も進められたが結局体験入部だけして断ると、部員が無理ならマネージャーはどうかと誘われたがそれにも瑠依は首を縦には振らなかった。 「だって弓を引いている時の美鈴ちゃんが凄く素敵だから」 ずっと見てたいんだもん、と呟く。 それだけではない、弓道に打ち込んでいる姿は瑠依には誰でも素敵だった。 弓を構え、矢を的に打ち込む時の気迫や姿勢や眼差しが全ての場の雰囲気を呑み込んでゆく時に逆らい難い高揚感を生み出す。 自分の呼吸さえも思い通りにさせてくれないほどの圧倒的な力がその瞬間に人の心さえももぎ取って攫ってゆく感じがする。 「…どうでもいいけどさ…」 うっとりと頭の中で弓道に対する妄想を膨らませている瑠依に美鈴は目を嫌そうにすがめながらボソリと言う。 「るいの彼氏、確かあんたの教室で待ち合わせじゃなかったっけ?」 …あ? 「あ、あ、あ、…あぁ〜〜〜忘れてた〜〜〜っ」 情けない声を張り上げながら瑠依は頭を抱えてしゃがみ込む。 「これで通算10回目のすっぽかしね…付き合ってまだ1ヶ月も経ってないのに…」 間抜けな親友を見下ろしながら美鈴は大きく溜息を吐いた。 瑠依は顔を歪ませ絶望に唸っていたが、そのうちに膝を抱えて頭をうな垂れながら「もういい…メンドクサイ」と丸投げする。 メンドクサイと言う位なら最初から付き合わなければいいのにと美鈴は思う。 自分の親友は何でも適当過ぎる。 けれど感情の起伏が激しく、メンタルな部分で脆いところのある美鈴にとっては瑠依のこのいつでもどこでも周りに振り回されないで常に自分のペースを維持できる性格が隣に居て心地よかった。 「わたし、るいの恋人じゃなくて友達でよかった」 恋人だったらこんな女絶対に苦労する。 「雪村、お前なにしゃがみ込んでんの?」 弓道部の主将で瑠依とは同じクラスの楠木が声をかける。 「ん〜、たった今彼氏と別れたところだしぃ」 …つーか破局する気満々かよ!?と美鈴は眼差しで突っ込む。 高校生活、通算3度目の自然消滅だった。 「お前ほんとうに男と付き合っても長続きしないよなー…っと、柊さん!おはようございます」 楠木が道場の入り口から入ってきた柊に礼儀正しくお辞儀をして挨拶をすると一斉に他の部員達もそれに習う。 “おはようございます”は普通は朝の挨拶だが、部活中では部員同士や指導する先生、先輩に対して“よろしくお願いします”という意味合いがこもっている。 柊は在学中に2年・3年と弓道部の主将を務め全国大会の個人の部で優勝したほどの腕前をもつ。その為今でも顧問から部員の指導を時間があるときで良いからと頼まれて時々早朝練習や放課後の練習を見に道場に顔を出していた。 最近は時々どころかほぼ毎日来ているが。 後輩たちが挨拶してきても柊は無言のまま綺麗な足取りで畳の上を歩いていく。彼は正直なところ愛想がまったくなく、気の強そうな眦(まなじり)と常に柳眉の上がった秀麗な面は鋭く、硬く引き結ばれた唇が益々近寄り難かった。 そんな柊に臆面なく話しかけるのは現主将くらいである。 彼の2人いる兄のうち長男は柊が弓道部に入部した1年の頃に主将であった男で、卒業と同時に次の主将に柊を指名した。 愛想が無くて強面で近寄り難い柊に部の先輩すらあまり話しかけなかったが、楠木の兄はまったく気にせずにいつも豪快な満面の笑みを浮かべて肩を叩いたり小突いたりしていたという。その度に不機嫌になり更に険しくなってゆく柊の表情にその他の部員は真っ青になって怯えたが。 柊が主将に決まった時には部員一同阿鼻叫喚だった。 厳しくて容赦が無い柊とそれに涙する部員達の緩衝材となったのは実は何を隠そう楠木家の次男であり現主将の2番目の兄である。 副主将だった彼は優しく気配りのできる男で、部活の厳しさに悲鳴を上げる部員達の悩みを聞いては何くれとなくフォローが出来る大変有能な男だった。 そんな兄二人に違わず、楠木家の三男も先輩には信頼され、後輩からは慕われ、そして柊を恐れない。 「柊さん、ご指導よろしくお願いします」 淀みないはっきりとした声で話しかける楠木に相変わらず柊は無言だったが、チラッと彼を一瞥する。その視線はまるで「わかってるよ」と不機嫌そうに語っているかのようだ。 一瞬だけ、その険しい眼差しが別の光りを帯びてある方向に注がれる。 道場の隅っこでしゃがみ込んでいる瑠依に。 僅かに…本当に僅かにだけ柊の唇が動く。 それはまるで小刻みに震えるように。 「柊さんて、さ…るいのこと、好きだよね」 「………」 美鈴の言葉に瑠依はしゃがみ込んだまま片手を顎に置いてまるで口元を隠すような仕草をする。それからふいっと顔を柊が移らないほうへと向けた。 柊は部員の弓の構えを見て的確に問題点を指導するとさっさと次の部員に移る。ひたすら基本動作をみっちりと訓練させるのだ。的を射たりはさせてもらないが、それでもぐんと上達できるのを実感するので皆も真剣になる。 そうして部員達全員の指導を終えると、いつも最後に柊は皆の前で模範演技を見せた。 寸分の乱れも無い動作で矢を放ち、礼をする完璧な射法八節。 それを瑠依は食い入るような眼差しで見ていた。 模範演技を終えて戻ってくる柊の頬が微かに上気して見えたのを錯覚だと言い聞かせて。 部活の時間が終わって瑠依はとぼとぼと校舎を出て校門へと向かっていた。一緒に帰ろうと誘った美鈴にフラれたのだ。 「う〜…美鈴ちゃんのけちー!けちぃ!彼氏と別れたてで傷心の友達を可哀想だと思わんのかぁ!」 9割9部9厘思わないだろう。 本日瑠依に降りかかってきた不幸は全て自業自得だが、それでも一人では絶対に帰りたくなかったのには理由がある。 (…だって、ほら…) 校門の直ぐ横で誰かを待つようにして立っている人がいた。 (やっぱりいる) さらりさらりと柊の髪が風に揺れる様子を見て瑠依は足を止める。 いつもは不機嫌そうに結ばれた唇がうっすらと開かれて、鋭い印象を受ける切れ長の目尻を不安気に緩ませながら、ぼぅと…まるで熱でもあるかのように瑠依を見ていた。 柊の瞳の中で燻っている感情を瑠依は悪い夢の中にでもいるような目で見ていた。 (どうしてそう…あなたは…) (…どうしてあなたはわたしの前でだけは隠さないのか…) 何も身に纏っていない丸裸の感情を曝け出されるこちらの身にもなって欲しい。 柊はいつも瑠依に何かを強く強く訴えかけている。 早く気づいて欲しいと、認めて欲しいと切実に。 でも瑠依は柊の訴えを耳を塞いで、目を閉じて、何も無い振りをした。 瑠依は物事を深く考えるのが嫌いだ。 だから恋愛も自分の理解の範疇でだけ楽しみたいと思っている。 瑠依にとって柊は弓を引いている姿だけで十分な存在だった。 恋愛対象としては見られない。 自分にとって理解できない様々な感情を訴えてくる柊が瑠依には面倒だった。 (なのにどうしてそうあなたは何度もわたしの目の前に現れるんだろう) 今更引き返して裏口から出て行ってもきっと彼は追いかけてくる。実際以前そうして追いかけられた。 瑠依が歩いた軌道を辿るようにほてほてと柊は道場での様な美しい足取りの面影を微塵も無くしてついて来るから。 どのみち一緒なら真っ直ぐ校門を出ようと決めて瑠依は進んだ。 「…今日は…」 数歩も歩かないうちに柊が声をかけてくる。 「一人で帰るんだね」 静かで、抑揚のない声なのに彼の息は熱いような気がした。 少し前までは瑠依はこの門を彼氏と二人で手を繋いで出ていたし、その光景を柊も見たことがある。 瑠依と手を繋ぐ男子の顔を柊は能面のように表情のそぎ落とされた顔で見つめていた。 そして二人が彼を通り過ぎてゆく刹那、何の感情も浮かんでいないその顔の…目尻の辺りがカッと赤く染り拳を音が鳴るくらいに握り締めていたのを思い出す。 あの時瑠依は自分の足が思い通りにならなくなったのではないかと疑問になる位おぼつかず、上手く動かなかった。 「誰とも帰らないのなら…俺と一緒に…」 「ごめんなさい、寄りたいところがありますから」 やんわりと断ると柊の目尻に微かに赤みが差す。 それはいつかの時の彼を思い出させたし、どこか泣くのを堪えているように見える。 その表情を見ないように瑠依は目を逸らしたが、それが柊の琴線に触れた。 「どうしていつも俺から目を逸らすの?」 柊は瑠依の前ではたどたどしい喋り方がほとんどだったが、この時の彼の声は低く掠れていたけれどはっきりと淀みなく発せられる。 「前は真っ直ぐに俺のことを見てくれてたじゃないっ」 年上の人間でさえ柊に対してはよそよそしい態度をとることがある程だったが、瑠依は初めて会った時から彼に笑いかけ、なんの躊躇いもなく接した女の子で…。 その笑顔が、声が何時の間にか耳に、心に残るようになっていることに気がつく頃には毎日、毎晩瑠依の事ばかり考えるようになっていた。 「柊さんこそお願いだから昔の柊さんに戻ってよ!」 誰のせいで真っ直ぐに見れなくなったと思っているのかと瑠依は声を荒げる。 出会った初めは柊も瑠依の理解の範疇にいてくれたのに、こんな複雑な感情を向けてこない頃はただの年上のお兄さんで…そして弓を引く時の彼は誰よりも心惹かれる存在だったのに。 「瑠依こそどうして俺を遠ざけるの!?」 何でもいいっ少しでもいいっどんなに他愛なくてもいいから君と繋がっていたいだけなのにっ 瑠依のことを常に気にかけるようになってから感じるようになったことがある。 弓道というフィルターを通してしか瑠依は自分を見ない。 最初はそのことに愕然とした。 弓を構え、弦を引き、矢を放つ時間だけしか自分は瑠依の心を引き寄せられない。 それ以外の時間はその他大勢の一人にしか過ぎない。 もっと確かな、もっと近くにある、もっと大切な存在になりたかった。 繋がりが欲しくて、傍に居たい、でなければ胸が押し潰されてしまいそうだ。 堰を切ってあふれ出た感情を抑える事が出来ないまま柊が瑠依のほうへと近づいてゆくとそれとは逆に瑠依のほうは柊を遠ざけるように背を向けて駆け出してゆく。 「瑠依っ」 引き止めるような柊の声を聞こえない振りをして瑠依が校舎に隣接するグラウンドの方へと走ったのは、そこからでも学校を抜けられるからだ。 けれど残念なことに瑠依は運動が苦手だった。 ついでにいうと学校指定靴のローファーというものは砂利に滅法弱い。 グラウンドに近づくにつれて砂埃が足元で舞い上がり、焦って駆けていた瑠依は案の定バランスを見事に崩した。 「きゃあっ!」 目を回しそうなくらい派手に体制を崩しながら転倒していくなかで瑠依は咄嗟に目を閉じて歯を食いしばる。 ジャリッという嫌な音とドサッという身体が倒れる音が同時に鳴るが瑠依の身体は不思議と痛みを感じなかった。代わりに力強い力で自分を抱き締める誰かの腕の感触。 その引き締まった腕の温かさを感じた瞬間に慌てて目を開く。 だって…だってわたしの近くにいた人といったら一人しかいないっ 「ひっ…柊さんっ!柊さん大丈夫っ!!」 身体を起こそうとした自分の身体にそれでも何からも傷つけたくないというように腕を解かなかった柊を見て瑠依は青ざめる。 地面は砂利なのにっそれも人一人分を庇って倒れたならその分衝撃も強いはずなのにっ 血の気を無くしたまま瑠依が柊の腕を見れば服の袖は無残に破れ、肘上まで捲くれ上がり、そして皮膚は細かな砂利に削られて抉られたような部分から血を流していた。 「どうしよう…柊さんの腕…あんなに綺麗な腕…」 この両腕がどれだけ見事に弓を引くかを、その時の姿のどれだけ美しいかを知っているのに…。 「柊さんっ早く手当てしよう!直ぐに保健室…っ」 抱き起こそうとする瑠依に対してまるで嫌がるように柊は回した腕を解かない。首をうな垂れて俯いたままの彼は無言のまま逆に力を込めてくる。瑠依が焦れて怒鳴るように名前を呼んでもふるふると首を横に振って動かなかった。 「…いやだ」 「だってここばい菌いっぱいいるんだよっそんな所で転んでこんなに酷い怪我したのにっ早く消毒しないと弓道のときに…」 「俺だけを見てよッ!弓道を通してじゃなく俺自身を見てよっ!こんな時まで瑠依は俺のことをただの弓道部のOBとしてしか見ないのっ!?」 「…でも、柊さん…怪我、痛そうなのに…痛くて泣いてるのに…」 俯いている為に瑠依からは柊のつむじの辺りしか見えないが、さっきから捲くし立てている彼の声が明らかに震えて嗚咽を堪えていた。 「違うっ…違う!好きなのにっ瑠依が好きで…だから…なのに…瑠依は俺のことを嫌う」 最初の方は語尾も強くはっきりと瑠依の耳に届いたが、次第にそれは弱弱しく酷くか細くなり、そして心が折れたように回していた腕が力無く地面へと落ちる。 「………好きに決まってるでしょ…」 ボソリと、呻くような声が瑠依の唇から漏れた。 「柊さんのことなんて好きに決まってるでしょ」 余りにも衝撃的な言葉に思わず振り仰いだ柊の双眸が零れんばかりに丸まり、見開かれるのと瑠依の顔が彼に向かって近づくのは同時だった。 不可抗力でもなんでもなく意思を持って瑠依の唇が柊の唇を塞ぐ。 「…っる、い…っふぅ…」 畳み掛けるように意外な事ばかりする瑠依に驚いて、柊が合わさった唇を僅かに逸らして何かを言おうとするが、それを封じるようにして柔らかな彼女の唇が追いかけて、重ねる深さを増し、激しさを増し、吸い上げては甘噛む。 目も眩むような心地の中で柊がただただ驚愕に指先一つ動かす事ができないなか、瑠依は彼の後頭部と首に手を当てて更に貪りながら角度を変えては自分の小さな舌で柊の舌を絡めとり、歯列をなぞっては口内の感触を確かめるように這いずり、時折唾液を吸う。 「うっ…ん……る…い…ぁ」 薄っすらと開いている柊の双眸はさっきとは別の意味で潤んでいた。それを見ていた瑠依は内心で自分に苛立つ。 (ああもういいっ認めてやるっ柊さんを弓道抜きで好きなことも、好きだけど深入りしたくなくて逃げてた事も、告白を断る口実に男の子と付き合ってたことも、正直一目惚れだった事も全部っ) 唾液の混ざり合う水音が途切れて瑠依の唇が離れると名残のように銀糸が伝う。そして柊が自分の口の中に残る二人分のそれを飲み込んだ。 喉が上下に動いたのを見た瞬間に瑠依は目の前のもう誤魔化しようが無いくらい大好きな人をぎゅうっと音が鳴るくらい抱き締める。 「ああっほんとにもう全部好き!」 互いの胸が合わさって、感じられる鼓動が物凄く速い。 おずおずと瑠依の背に腕を回しながら柊が熱っぽく囁く。 「…もう一回…聞かせて…瑠依…」 好きだともう一度聞かせて欲しい。 目元を上気させながら、さっきまでのキスで濡れた柊の唇が動くのを目の当たりにして瑠依は思わず息を飲んだ。 (そんな顔されたらムラッと…いえいえドキッとしてしまいます柊さん) 「保健室で手当てをしてから幾らでも伝えます!」 だから早く行きましょう?と促す瑠依が手を差し出すと、柊は迷わずにその手を握り返して起き上がる。 二人で手を繋ぎながら小走りに駆けて行く保健室までの道のりを柊はこの上も無く幸せな気持ちで走り抜けていた。 |