我慢比べはどちらが強い?と万が一聞かれたならきっと軍配は可愛い可愛い彼女のもの。 この不器用なチェリストは大事な恋人のことになるとあっけないくらいに脆くなってしまうから。 瀬乃崎氏の不器用な愛情表現。 音楽がとてもメンタルな面に左右されるというのなら今の瀬乃崎の奏でる音には彼の今にも折れそうな 心の揺れといったものが如実に現れているだろう。 1700年代グランチーノ作のチェロ…ストラディバリウスの次のクラスと言われるその グランチーノ一族の生み出したチェロが現在瀬乃崎が愛用するものである。 奏でるときに使用する弦として彼はガット弦を好んで使うのだが、このガットというのは中心線が 羊の腸で出来ておりとても繊細な音色を出すのが特徴で、そのなかでも豊かな音量を併せ持つ “オリーブ”という名の弦をメインボーとしていた。 「どうした?イラついてるみたいだけど」 瀬乃崎がこの日珍しく思いつめた表情をしてチェロを弾いているので彼の同居人の男は いつもなら絶対に演奏中に声をかけたりはしないのだが思わず口を開く。 彼は音楽家ではなかったが瀬乃崎の大学時代からの友人で有名ホテルで働く優秀なブランジェ(パン職人)でもあった。 日本のビルがひしめき合う都会の中心で真夜中にチェロでも弾こうものなら苦情が殺到するだろうが、 ここはイギリスの一軒家であり、しかも隣の家まで歩いて最低20分はかかるという閑静さを誇っているのでどこからも文句は出ない。 同居人の名前は チェリストとパン職人のこのアンバランスな組み合わせは大学時代に 当時評判のパン屋に働いていたガクトと初めて知り合ったとき、将来は一流のブランジェになるのだという話を聞いて 瀬乃崎が作曲家のリリ・ブランジェのことを何気なく思い出し、話題にするといつの間にかお互い仲良くなっていたという 一見あまり噛み合っていないような会話が切っ掛けだった…人間なにが理由で付き合いが始まるかわからない。 「またオリーブの事考えてた?」 ガクトの言う“オリーブ”とは弦のことではなく、瀬乃崎の遠くにいる恋人の時掴 睦月のことである。 由来はやはり瀬乃崎が愛用している弦にもその名がつけられている事と、睦月の事を自分に話しているとき、 それまでの枯れた大地のような乾いたものから、まるで雨に潤ったように瑞々しい表情へと変わるので、 オリーブのもつ効能とをかけてそう呼んでいる。 とっくに弾く手を止めていた瀬乃崎は睦月の事を考えていた事を指摘されて秀麗な眉の下の黒い瞳に陰りを落とすと、 「英二郎さんがあんな事を言うからだ…」と独り言を呟いた。 「英二郎?君の恋人の父親がどうしたんだよ」 日本に住む年上の友人である時掴 英二郎は自分の娘と恋仲になった瀬乃崎に対して 時折なにかしらのちょっとした意地悪を企てては父親として大事な娘を奪っていく男への 溜飲を下ろしている感がある。 第三者であるガクトからすればこれまで聞いたことのある 英二郎の瀬乃崎に対する意地悪は可愛い部類の報復だと思うのだが、 何しろ当事者である瀬乃崎がそういうことに関して上手く受け流せない不器用さを誇っているのでなんでも真に受けてしまうのだ。 「そういえば演奏する前に電話してたのって、もしかしてオリーブじゃなくて相手は英二郎さんだったわけか?」 エキゾチックな顔立ちで英国の女性から熱い視線を受けるガクトの精悍な顔が瀬乃崎の どこか繊細さを感じさせる苦悶の表情を見て「さて、これは困ったな」というものに変わる。 瀬乃崎は人間関係に関してはとても不器用なのだ。なんというか、人間の裏の考えが読めないというか… ある意味純粋であり素直なまま年齢を重ねてきた男なので些細な事にも真剣に思案する性格なのを ガクトは知っていたからきっとまた英二郎のささやかな意地悪に対して深く思いつめているのに違いないと思ったのだった。 「英二郎さんは君に何て言ったの?」 ガクトの問いに瀬乃崎は自分の右手のプラチナのリングに視線をさまよわせるように向けたので これは睦月にも関係があることなのだと察しがつく。 瀬乃崎が年の離れた恋人に対して酷く心を 傾けているのを目の当たりにしているガクトは自分の友人がこうして悩むのは音楽の事か、 恋人の事かの二択しかないのをよくわかっていた。またその裏で悩む要素を二つしか持たない瀬乃崎という男を羨ましくも思っている。 真っ直ぐの黒髪がどこか艶めかしく額にかかっているその下の瀬乃崎の瞳がまるで恋人本人を見つるように指輪に向けられ、 そっとその長く節くれた指で触れながら呟く。 「睦月に…他に好きな男が出来たかもしれないって」 真夏に200度を超えるオーブンを前にしても出ないような嫌な汗がガクトのこめかみを伝う。 …英二郎さん、今回のはいくらなんでも遊弦相手に度が過ぎてるよ…と内心で呟いた。 英二郎自身の性格をよく知っているガクトではないが、これまで会った事のある瀬乃崎の交友関係と 友人たちの人柄をみて察するに、娘に本気で別に男が出来てそれを友人でもあり娘の恋人でもある男に わざわざ報告するような人間ではないだろう…そう考えたら、これはいつもの“遊弦苛め”に他ならない。 …冷静に判断している自分がなんだか滑稽に思えてきそうな感じのガクトだった。 「それ、何か確証はあるわけか?」 「最近になって友達に男物のプレゼントの相談を携帯でしてたのを偶然聞いたらしい …俺も英二郎さんも誕生日はまだずっと先なのに…睦月は随分真剣に選んでいて… あと、いつだったか携帯でなんだか男相手に話をしているような感じの話し方をしていたって… その時の睦月がまるで大事な恋人と話をしているような雰囲気だったと言われた…」 けれど電話の相手は瀬乃崎ではない…。 最後のほうがなんだかやりきれない感情を押し殺すように声が掠れている。 明らかに嫉妬心からくる感情の起伏だ。 「会いたい…睦月に…」 確か彼女の春休みと同じ時期に日本にリサイタルに行ったっきりでもう随分と瀬乃崎は会いに行っていない。 「で?会ってもしオリーブに別に男がいたらどうするわけだよ?」 「睦月は誰にも渡さないっ」 瀬乃崎という男は繊細で普段音楽以外のことを上手く表現できない性質なのだが、 こと睦月の事に関しては譲れないものがあるということをはっきりと主張する。 失恋で静かに身を引くよりも、他から見ればみっともないくらいかもしれない激しさで ただ一人の人に愛を請うくらいの男だという事をガクトは知っていた。 「だったら会いに行けばいいじゃないか。飛行機のチケットと宿泊先のホテルならコネ使って直ぐに用意してやるからさっさと行けよ!」 こんなところでチェロ弾いてないでさ、とガクトは瀬乃崎に向かって彼の愛車のキーと上着を投げてよこす。 日本との時差は9時間。サマー・タイムだと8時間になるこの距離を飛行機でシベリア上空を行く直行便で飛べば 12時間で着く…睦月に…会いにいける。 それを思った瞬間、瀬乃崎はもう上着とキーを掴んでいた。 会いたいっ会いたいっ会いたい…睦月…。 それだけが心を支配して、自分の身体の細胞の全部が彼女に恋をしているのだということをまざまざと思い知る… 本当は12時間の距離さえも疎ましく思うくらい。 車を走らせて、急いで空港に着くと瀬乃崎は日本行きの便が来るまでの間に睦月に電話を入れた。 自分のナンバーだけに設定された特別な着信音がきっと海の向こうの睦月の携帯で鳴り響いていて、 彼女はいつも3コールの間に出てくれる。この時も2回目の発信音の後にあの綺麗なソプラノが瀬乃崎の耳に届けられる。 『遊弦さん』 その声が自分の名前を呼ぶだけで彼女だけは決して譲れないという気持ちになるから、 瀬乃崎は胸の中がなんだかとても焦がれていくのを自覚した。 『どうかしたの?遊弦さん、何かそっちであったの?』 受話器越しの…遥かな距離を越えて届く吐息が微かに震えているのを感じて睦月が心配そうに尋ねてきてくれる、 それだけで瀬乃崎はふいに想いが溢れて決壊しそうにさえなる。 「いまから成田に向かう…そっちに行くよ。」 『えっ?』 睦月を想う自分の顔を…一番愛している人を想いながらこんなにも泣きそうになりながら 浮かべる顔を他の誰にも見せたくなくて瀬乃崎は片腕で覆い隠す。 それを見てもいいのは…許されるのは彼女本人だけだから。 「睦月を抱きしめに…行くから…誰がなにを言っても俺は睦月だけは離せない… 絶対にそれだけはいやだから…今すぐ会いたいんだ だから待っていてくれ…俺が会いに行くのを待っていて、欲しいん…だ」 他の誰も…想ったり、しないで…。 愛している相手に愛を請うことがプライドのない事だとは思わないし感じない。 そうしたい相手がたった一人君だから。 『待ってるよ?』 「睦月…」 『いつも遊弦さんなんにも言わないけど…私のことちゃんと想ってくれてるのも、考えてくれてるのも知ってる …私が言いたい事があったらちゃんと聞いてくれることも、自分の考えを曲げないでそれでも私のこと否定しないで 受け止めてくれるのも知ってるから…遊弦さんも言って? 私に伝えたい事があるならちょっとずつでもいい…私、待つから…遊弦さんのこと好きだから」 「睦月…睦月…会いたい…」 『…うん』 「さっきから考えてるのはそれだけなん、だ…ただ、睦月を感じたい…」 受話器の向こうで彼女の唇が笑みを刻んで微笑んだ音が伝わった。 『会いに来て…私のこと、確かめに来て?』 胸の鼓動が跳ね上がるような彼女のソプラノにあっけなく歯止めなんて利かなくなりそうだ。 日本行きの便の乗客に搭乗を促すアナウンスが流れて、瀬乃崎は携帯を切る前の最後に受話器に一度口づけてから 会話を終えて歩き出した。 君に会うまでの12時間の旅も『待っている』というその言葉があるなら悪くない。 瀬乃崎は飛行機の中でリリ・ブランジェの遺作“ピエ・イェズ”が流れていたので初めてガクトと知り合ったときの事を ふと思い過ぎらせた。 そういえば自分はリリ・ブランジェの歌曲集である“空のひらけたところ”が好きで、あの時もガクトにそんな話をしたのだった…。 あれは確か第3曲目… 時々ぼくは悲しい。そのとき、いそいで彼女のことを考える。 ぼくは嬉しくなる。でもまた悲しくなってしまう、 どれほどぼくを愛してくれるのかわからないので。 彼女は澄んだ心をもった少女だ。 そしてその胸には、ひとりの男にだけ捧げる 激しい情熱をしっかりと守っている。 彼女は菩提樹の花開くまえに旅立った、 菩提樹は彼女が旅立ってから花咲いたので、 おお、友よ、ぼくは 花のないその枝を見ておどろいたのだ。 年若くしてこの世を去ったリリ・ブランジェとこの歌曲集のなかの少女が瀬乃崎にはとても似ているように思えて 心に残っていた。病弱なリリが歌曲集の中で描くのっぽで陽気な少女は、美しく魅力的な人柄で、 自然と動物を愛していたというリリ自身をある意味モデルにしたのではないだろうか。 それを話したらガクトはクスリと笑ってこういった。 「音楽家っていうのは皆お前のようにロマンチストなのか?」 そうなのかも、しれない…少なくとも俺自身は…と瀬乃崎は思う。 ただこの恋に…彼女の放つ言葉尻に一喜一憂している。 半日間の空の旅を終えて空港のロビーに辿りついたら、そこに自分の一番大切な少女が誰かを探すようにして佇んでいて…。 それだけで、こんなにも感動してしまう自分はきっと間違いなくロマンチストだ。 携帯で位置を知らせるより先に脚が彼女へと向かう。 俺はいつもそうして自分を想い、探してくれる睦月の傍へと近づいていきたいのかもしれない…そう瀬乃崎は思った。 睦月は、一番あったかくて大好きな人の気配がだんだん自分に近づいてくるのを感じて視線を向けたが、 その次には既に背の高い瀬乃崎の胸の中に彼の腕で閉じ込められる。 「会えた…睦月だ…本当に、睦月だ」 何ヶ月も触れられなくて焦がれた柔らかな君の感触。 ゆっくりと、でも確かに睦月の腕が瀬乃崎の背に回っていく動きがしてほのかな温度が伝わった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「あっ…あぁっ…や、そこ…」 ベッドシーツの標本の上にまるで睦月を縫い付けるように彼女の手首に絡む瀬乃崎の手はチェロから離れて今は一本の甘く残酷なピン。 服をまだ着たままの睦月の、白い脚の間でもう片方の手が彼女の脚の付け根の中心を布地の上から 指先だけでなぞるのを繰り返す。その度に瀬乃崎の身体の下で華奢な肢体が跳ね上がった。 爪先でツツっと薄い布地を引掻き寄せるように行き来すると細い睦月の腰が何度もピクリと上下する その動きがどこか淫らで、なのに目元を染めて涙を溜めながら堪えるような表情がいたいけで可愛くて瀬乃崎の胸の内を揺さぶる。 「っん…ふ…っあぁん、やっやぁ…遊弦さ、ん」 カリッという布を引っ掻く音が時折響くたびに睦月の喉から一層切ない声が上がって、荒くなる呼吸と一緒に彼女から色が増す。 吐息さえ喘ぎが混じり、唇が誘うから瀬乃崎は引き寄せられるように口づけた。 手首の拘束を解いたその手が恋人の服の前に掛かり、静かに暴いていく。 柔らかい唇についばむように触れていた瀬乃崎の唇が歯列をなぞり、くすぐるように動くと うっすらと口内へと続く隙間があらわれて、焦がれていたような性急さで舌先が確かめるように彼女の舌を探して、 絡めていくと濡れた音がする。 余裕のないまま深く口づけた分だけ逆に優しく瀬乃崎の舌は睦月を求めた。キスをすると それだけで彼女が安心するように緊張を解いてくれるのも知っていたから。 ちゅっと軽い音がするキスと吐息が間近にかかるくらいの深いキスを繰り返していると睦月の唇は いつもよりも艶やかに色味を増して綺麗だ。 「睦月…可愛い」 そろそろと脱がせた服の隙間から覗くレース生地に縁取られた胸…片手で器用に彼女の背中の方にある留め金を外すと フルリと揺れる柔らかなそれに手を伸ばして完全に素肌を曝させ、淡い先端がふっくりと尖っているのを見て 瀬乃崎のなかを劣情が走り、ドクンと鼓動が一層大きく高鳴っていくのを感じる。 「んっ…あっん…」 可愛げなその先端を摘んで意地悪をするように淫猥に動かすと瀬乃崎が一番魅了される声が甘く高く 鳴き声を上げるから更にそれを引き出したい衝動に駆られた。 「チェロは人の声に近い音を生み出す楽器だっていうけど… 睦月の声だけはきっと誰にも表現できない」 どんなに素晴らしいといわれる人が生み出したチェロでも自分をこんなに惹きつけてしまう事なんてできないと囁く。 なにより誰にも聞かせるつもりなんてないから。 柔らかい脹らみを手で愛撫しながら唇に含んで舐め上げて甘く噛むとその白い肢体があえぐ。 その肩に腕に胸に紅い痕を幾つもつけてその度に睦月がみじろぎする仕草が愛しい。 「あっあっ…や、っん…駄目…遊弦さんっ…遊弦さん」 先端への愛撫を強いものにしていくと下肢の部分…小刻みに揺れる脚の中心をなぞる指が彼女のもので湿り始めて、 瀬乃崎の腕を挟みこむように脚を閉じて懸命に堪えるようにしている睦月が懇願するように名前を呼ぶ。 聞かなかった振りをして更に指をそこに這わせると次第に布地を濡らし始めた中心から 時折湿った音がして睦月はいやいやするように首を左右に振った。 「あっんヤダ…っヤダっ遊弦さん…も…」 熱くなった花芯から溢れるものを恥ずかしく思う睦月が潤んだ眼差しを向けてその視線に …瀬乃崎が逆らえるわけがなくて、彼女の服を一枚ずつ剥いでいく。 隠すものを何もかも失くした睦月を見下ろしながら瀬乃崎は次に自分の衣服に手をかけて 無造作に床に放り捨てると静かに重みをかけないように重なり、 羽のようなキスを落として彼女の両膝の裏側に手を添えて割り開かせた。 何もかも暴いてしまうその体勢のまま…睦月のそこは濡れてヒクリと動いている。 欲してくれているという証が瀬乃崎には嬉しい。 ツッと入り口を人差し指で撫でれば「んっ」と堪えたような睦月の声がして、 そのまま指を一本ゆっくりと奥へと滑り込ませればちゅぷんっと音を立てて飲み込まれていく。 くの字に折り曲げるようにして動かしながら挿入を繰り返せばそのたびにそこは同じ音を立てて、 「あっあっ」という睦月の声に全身がぞくぞくと快感に陶酔する感覚が走った。 唇を寄せて小さな花芽に舌を這わせてつつけばビクリと痙攣するように震える細い脚。 追い討ちをかける様に指の数を増やせば喘ぎはまるで泣き声のように上がった。 「も、ぉ…無理…ぃ」 「イっていい」 涙がぽろぽろと零れる瞳が懸命に視線を瀬乃崎に向けるけれど、彼は指の動きを休めないまま 睦月の内壁が最も感じるところを強く察すったからその瞬間に泣きじゃくるようにして達する。 息を荒くして震えている睦月の額に張り付いた髪をそっとかきあげて、 落ち着かせるように首筋の辺りを優しく撫でてやり、彼女の息使いが穏やかになりかけた頃に ゆっくりと持ち上げた白い脚を開かせて自分自身を内奥のなかへと突き入れた。 「んっ…はぁっああぁっ」 白い首がのけぞって瀬乃崎が自分のもので彼女の内壁を濡れた音を響かせながら擦り、 揺すり上げ、突き入れる度に睦月のふわりとした胸が先端を張り詰めさせて尖らせたまま フルリフルリと動く様子がとんでもなく扇情的で瀬乃崎がもっとあらかさまに揺れるところを 見てみたい衝動に駆られて彼女の腰を掴み、杭を深く挿入するのを繰り返す。 ぷちゅん、ぷちゅんと濡れた音が激しさを増して睦月の羞恥心を煽りあえかな声を上げさせた。 恥ずかしさを耐えるような睦月の喘ぎ声をうっとりと聞きながら更に揺すられている胸の艶やかさを 思う様鑑賞して瀬乃崎の口元には淡い笑みが浮ぶ。 「睦月…睦月…好きだ、よ?…可愛い…っ…全部…」 快感に掠れて届く声に睦月がうっすらと目を開けて見つめる先には引き締まった身体に汗を幾粒もしたたらせ、 湿り気を帯びた黒髪を額に流しながらいとおしげな目をした瀬乃崎の顔。 少しでも長く感じあいたくてどこか快感を堪えるようにしたその顔が睦月を見つめながら微笑んでいる。 男性として整った、でも幾分線の細いその顔の…こめかみから滑り落ちる汗さえ綺麗に思えるほど 瀬乃崎の姿はどこか艶やかで睦月の胸を高鳴らせた。 「…っ睦月、脚を俺にっ…絡めてごらん…」 優しい眼差しでそう請われ、睦月が揺すり上げられながらもその脚を瀬乃崎の腰に絡めると彼は一層嬉しそうに微笑んだ。 「そう…いい子だねっ…っん…睦月…」 脚を絡めたことで更に挿入が深くなり、さっきよりも瀬乃崎自身が睦月の奥へと入り込む。 「ん…あっあっ…あっ…」 一番敏感な部分を抉るように突き入れる動きに睦月は縋るものを求めて瀬乃崎の首に腕を回し、 それに応えるように彼の腕が華奢な腰と背を抱いて引き寄せた。 「あっあっ…あぁあっ」 睦月が高みに追い上げられ、達してしまう瞬間に瀬乃崎も深く深く彼女の中に押しはいって同じようにその感覚を味わった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 身体が甘い気だるさに包まれながら二人して抱き合い、夜が明けるのを感じている時間に 瀬乃崎がどこか思いつめたような表情をしているのに気がつき睦月は「どうしたの?」と口を開く。 瀬乃崎のほうはかなり逡巡したが、それでもどうしても聞きたかったのか、おずおずといった風に話を切り出した。 「睦月、最近誰かのためにプレゼントを選んでる?」 遠まわしな言い方が出来るほど瀬乃崎という男は睦月に関しては余裕が持てる人間ではなくて、 彼女の目を見つめながら内心で不安なものを混じらせて続きを話す。 「俺の誕生日も英二郎さんの誕生日もまだ先だよね?誰の為のプレゼント?」 答えを聞くのを躊躇いながらも睦月の返事を待っていると彼女は次第に顔を紅くして恥ずかしそうに俯く。 「ん、そのことね…」 きっとお父さんね、秘密にしてって言っていたのにどうしてくれよう…なんて睦月はちょっと 内心英二郎に対して棘を含ませたが瀬乃崎が知ってしまったのだ、これはもう素直に話すしかないと思い口を開いた。 「もうすぐ夏休みだから…こっそりイギリスに行って遊弦さんを驚かそうと思ってたの… だからその時に渡すための贈り物を頑張って探してて…」 ぽしょぽしょと話す睦月の話を聞いていくうちに瀬乃崎の顔には「俺の為だったの?」という驚きと 嬉しさが浮かび上がったが、ある一つの不安がそれを打ち消す。 「携帯で…男の人と話をしてたって…」 …お父さん…という睦月の低い呟きは心の中でだけだったので瀬乃崎に伝わる事はなかった。 「お友達のね、彼氏のひとで遊弦さんと年が近い人がいてね、その人に相談してたの。 それを聞いて僅かに強張っていた瀬乃崎の肩の力もやっと全部抜けて、 睦月がしていたことは全部自分のためだったという事実が嬉しくなり、彼女を腕の中に抱き込んだ。 「ごめんね、遊弦さんは繊細な人だから秘密とか隠し事とかきっと不安にさせちゃうのに…」 少し沈んだ表情になった睦月の瞼に瀬乃崎は優しいキスを一つずつ贈る。 二人がそうして甘い余韻を楽しんでいた時にふいに瀬乃崎の携帯がメールの着信を告げた。 長い腕を伸ばして脱ぎ捨てたジャケットから携帯を取り出し、発信者の名前を確認すると彼はふっと笑顔を浮かべる。 「ガクトからだ」 携帯の液晶画面に綴られた文面には短く「今度一度お前の恋人を紹介しろ」ということと 「その時は腕をふるってFougasse aux Olivesを焼いてやるから楽しみにしていろ」という事が書かれていた。 「オリーブのフーガス?」 睦月が首を傾げたので瀬乃崎は微笑みながら説明をする。 「“フーガス”は、バゲットの生地にオリーブオイルとアンチョビを練り込んだイタリアのパンのことなんだ。 「オリーブのフーガス」はどっさりとオリーブが詰まっていて、オリーブ漬けのパンっていうくらい好きな人には堪らないパンだろうね」 クスクスと笑い声を立てながら瀬乃崎は腕の中の睦月に視線を戻しながら携帯を再びパタンと折りたたんでベッドサイドに置いた。 「でもこのオリーブだけは絶対に生涯俺のものだけど」 そう言って酷く上機嫌で笑う瀬乃崎を、睦月は不思議そうに見つめるのだが彼女のそんな疑問符は 雨のように降り注いできたキスに酔わされていつしか霞んで忘れられたのだった。 |