★チェリストとアフェット★



06年9月11日完成。

07年5月30日掲載







 例えば視線があの子に向かって伸びる時。
 自然に唇が微笑むのと同じように…。

 触れたいと思うのも、それはごく当たり前の事なのだと思った。

 些細な事でも揺れ動いてしまいそうになる自分の心は、きっと風に舞う木の葉と同じくらい頼りないと瀬乃崎は思う。それ位、今の心境は彼にとってとても色々なものがない交ぜになってしまっている。

 一番大切なものが今自分のすぐ傍にあって…踏み出せない。

 それは剛さなんて微塵も感じさせない柔らかで優しい存在で、さっきまで手を伸ばしても届かない刹那さを覚え続けた恋で。

 目の前にいる君を上手く愛せない。



瀬乃崎氏の不器用な自主張。



 英国の夏は、「JUNE BRIGHT」と言われる程明るく気持ちの良い日が続き、 暗くじめじめとした冬が長く長く続く国に住む彼ら英国人は太陽が晴れ晴れと輝くこの季節が大好きで 芝生の上に寝転がって日光浴をする姿を多く見かける。
 瀬乃崎と睦月も彼らと同じように外へと出かけて 陽の降り注ぐ英国の美しい街並みを見に出かけていた。

 英国は地理的に見るとかなり高緯度に位置し、比較すると北海道と同じくらいの緯度になるけれど、 アメリカのメキシコ湾から大西洋を北上して流れる暖流、北大西洋海流(GulfStream) と偏西風のおかげで、 緯度と比較するとかなり穏やかな気候で東京と比較してもあまり大差のない地域もある。
 日本の気候との大きな差は季節感が薄く、簡単に言うと春と秋が極端に短い。
 夏が3〜4ヶ月で残りは冬みたいな感じというのが大げさでなく正直な話しになろうか…。
 全体的に天気が不安定で一日の内に天気が何回も変るので英国人は基本的に傘を持ない。
 雨が降ってもすぐにやむだろうという感じだ。すぐにやまないような雨だった場合はびしょ濡れになって歩いたりする。

 「最初の頃は折りたたみ傘とかを持ち歩いてたけど、いつのまにかそれも面倒になって雨が降ってもそのままで散歩するようになったよ」

 同居人の紫條 ガクトと一緒に手作りのヨークシャープディングを皆で食べながら瀬乃崎はそう話をして睦月を笑わせた。
 他にもベイクド・ビーンズは未だに美味しいと思えないとかフィッシュアンドチップスはどこのものが 美味しいだとかいう話をして楽しませた。

 まだ中学生だった頃、瀬乃崎は比較的日本で過ごす時期が多かったのでこの日のように一緒に食事をしたり 会話を交わす時間というものが存在し、あの頃は自分と父親と瀬乃崎で笑いあっていたなと睦月は思い出す。

 二人でカフェに寄り一息入れる事にした。ちなみにこうしたカフェのお店に来てもお客の大半はお年寄りで、 ほかは家事の息抜きにくる主婦が何人かいるくらいで若い人はほとんどいないというのが常の光景らしい。

 ミルクティーとスコーン、そしてケーキで極普通のお茶の時間を楽しむ。

 風が瀬乃崎の黒髪をさらさらと撫でて、彼の男性らしいのにどこか清楚でとても整った顔… その額を流れる様子を睦月は眺めながら内心で感嘆するように溜息を吐いた。

 本当になんて綺麗な存在のままでそこに居る人なのだろう…と。

 そしてそんな男の人が自分の恋人であるのが、睦月にはとても誇らしく、愛おしく、またとても大切で護りたいという感情を強くする。

 ゆっくりとそうして過ごしていると、ティーカップに紅茶を足そうとした睦月の手がティーポットに伸ばされ、 同じことを思った瀬乃崎も手を伸ばしたので二人の指先がどちらからともなく近づいた。
 その瞬間に触れるか触れないかの距離で相手の心からふいに火花のように何かが迸ってお互い近づけた指先を ぱちんと揺らすような感覚を睦月は覚えたのだが、その感覚は英国に来て瀬乃崎と毎日顔をあわせられる事ができるようになって 間もなく感じていた事だったから、彼女はその違和感に戸惑う。

 “いつも”とは違う“彼”。

 感受性の強く線の細い感のある横顔のラインに…睦月が愛してやまない奇跡のような繊細な指先に …風に攫われてしまいそうな言葉たちを紡ぐ唇とふいにどこか清廉で真っ白な輝きを帯びて笑う表情に。

 垣間見える別の“あなた”…。

 瀬乃崎はどこか辛そうな…微かに触れた指先をぎゅっと握り締めたのと同時に自分のなかの 何かも一緒に押しつぶそうとして苦しんでいるような表情をしてふいに睦月から視線を外した。

 「…出よう」

 おもむろに立ち上がり、瀬乃崎はそのまま後ろにいる睦月を振り返らないようにしていた …背中が僅かに緊張しているのが伝わるくらいに。
 こうしたことが英国に来てから何度もあった。
 風になびく後ろ髪と広い背中…その向こうで彼がいまどんなことを思っているのか、 何を感じているのかわからないけれど辛いものを胸のなかに抱えているのだけはわかって苦しい。

 いつもいつも傷つきやすくて…でも、傷つく事を恐れないで前へ進む貴方が…大事な事を教えてくれて、乗り越えていく姿に勇気を貰う。

 その貴方の視線が自分に向けて伸ばされたときに…大きな世界を創り上げているその心のように深い黒の瞳のなかに なにがあるのかを知りたいと思うのは当然だと思う。

 ここへ来たのはそれまでの二人の焼き直しをしにきたからじゃない。

 それまで解いたことのない心の中のあやをほどかせる為。

 少し強引にでも…貴方の事、知りたいの。

 「遊弦さん…」

 離れかけた手を掴み引き寄せる睦月の力は普通の少女達と同じで強いわけではないのに瀬乃崎の身体は あっけないくらいに彼女の方へとむけて引き寄せられた。
 背の高い恋人が今どんな顔をしているのかが気になって睦月は彼の前に回りこんでその表情を見上げたのだが …見上げた瞬間に彼女は目を大きく開いてびっくりした表情に変わる。

 目の前の恋人は掴まれた手とは反対のほうの手でまるで顔を覆うように彼女から隠し、その目元を紅く染めていた。

 「遊弦さん?」

 もしかして…もしかしなくても…照れている?

 そんな事を考えている睦月とは反対に瀬乃崎のほうは瀬乃崎で彼女の瞳が自分を見る時のいつも感じている 恋情という感情が燃え上がってきて普段あまり感情を表に出さないその目元に淡く朱が走るのをはっきりと自覚する。
 そして同時に自分のなかに渦巻きはじめた始末に終えない激しい想いを感じて頭を抱えそうになっていた。

 綺麗な…それでいて大事で愛しくて優しい少女の、それは目眩がしそうなくらいなめらかで温かかった肌の記憶だったり …どこまでも愛しげに触れた指と唇の感触。

 なにもかもが未経験の恋愛。

 睦月と交わす様々な感情は瀬乃崎にとって新鮮で慈悲深く、また切なくて甘い気持ちを教えてくれる。

 彼女と一緒に居ると臆病さから誰も好きになりはしないと…昔にそう戒めていた自分の心が崩れてゆく。

 どうしてだろう、今はそれがほんの少し苦く感じる。

 誰も愛さなかった頃には知らなかった欲深な自分自身を見た。

 己れの心を必死に支え、揺れ動こうとするのを叱咤して普段の冷静な自分を保っている。
 特に、自分が愛している少女の前では努めて平静であれるように。
 けれど現実には自分は彼女の前ではこんなにもあっけないくらいに脆い。

 好きで好きで好きで…愛したくて…泣きたいくらいに愛おしい。

 「遊弦さん」

 こんな風に名前を呼ばれたら…なにも抵抗できないくらいに。

 意志の強さを表すような彼女の真っ直ぐな眼差しと優しさを表すように柔らかな声。

 「睦月は俺にとってのアフェットだ」

 「アフェット?」

 聞いたことのない言葉に不思議に思って睦月が聞き返すが瀬乃崎は彼女の疑問に対する答えを知っていながら 何も返しはしないで代わりにその艶やかな唇にキスを贈った。
 「本当はね、もっと睦月にわかるような言葉で伝えたいんだけど…俺は上手にそれを君に言える自信がないから …一番良く知っているものの言葉でしか言えない…」

 言葉を紡ぎながら何度も瀬乃崎は睦月の唇にキスをして時折彼女のこめかみや可愛い額や小さな鼻先や桃のような頬にも同じ事をする。
 すると睦月の細い腕が伸ばされて瀬乃崎の頬を両手で包み込んで自分のほうへと引き寄せた。 彼女のふっくらとした唇が開いてちゅっと瀬乃崎の唇に覆いかぶさった。
 舌がそろりと彼女の口内に入り歯列をわずかになぞると奥深くに忍び込んで同じものを探り当てて絡める。
「…っん」
 くぐもった声をだしたのは瀬乃崎のほうだった。くちゅっと音が鳴り、彼の舌が軽く吸われて形を確かめれるように 彼女の舌がそこを舐め上げていく。
 そのあまりにも悩ましげな動きに瀬乃崎の胸の奥で甘い甘い疼きが沸き起こってキスの心地よさに思わず秀麗な眉を僅かに寄せた。
 息を呑んでしまうようなくらい清廉なのに、引き寄せられてしまうような表情を浮かべた背の高い恋人に 睦月は思わず見とれてしまうとその隙に瀬乃崎が主導権を奪い返す。
 華奢な身体を引き寄せて彼女の顔を大きく上向けさせてしまうくらいに強引に口づけると 負担がかからないように丸みのある後頭を片手で支えて角度を変えては何度も深いキスを繰り返した。

 「睦月…っ睦月、睦月…」

 キスをしながら掠れる様な声で何度も瀬乃崎は愛しい少女の名前を紡ぐ。

 「睦月…好きだ」

 傍にいられなくて離れている距離をもどかしく思っている時は君に触れたくて触れたくて、 それ以上のことをしたくて、君の表情を見たくて声を聞きたくて…。

 愛していると伝えたくて…愛して欲しくて想うだけで精一杯なくらいだった。

 君の前だけで振舞える自由な精神の俺を受け入れてくれるその優しさも何もかもが大事で …本当に会いたくて会いたくてどうしようもない気持ちをチェロに込めて響かせる時は 誰にも聞かせられないくらい赤裸々な自分の恋情がきっと誰の耳にもわかってしまっていただろう旋律を ひっそりと独り、夜の中に溶け込ませる。

 そんなときガクトがいうのだ。

 『お前が彼女を想ってチェロを弾くときは必ずアフェットになるな』

 言われる度に胸の中に秘めている彼女が鮮明に浮かび上がって押さえをかけるのに必死になる。

 想うだけで精一杯になるこの恋を前に…彼女を目の前にして瀬乃崎にどうやって冷静でいられることができただろう?
 触れたいと想うのは誰もが抱く当たり前の感情なのに…酷く難しい。

 踏み出す事が出来なくて…上手く愛せる事さえ不可能に思う。

 でも…それでも。

 「俺が必要なのは誰でもない…睦月だ」

 行き着くのは彼女への気持ちだった。



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 軋むベッドの上で二人して睦みあうために身体を重ねる。
 睦月はキスをされると安心するのかゆったりとベッドの上に身体を横たえて瀬乃崎に全部を預ける。瀬乃崎もまたキスが好きだ。

 「あっ…ん」

 唇や首筋に口づけながら瀬乃崎の繊細な指先が睦月の艶のある明るめの髪を梳き、 労わるような仕草で頭を撫でる。子ども扱いするのではなくて、ただ愛しくて仕方がない感情を持て余し、 少しでもそれを伝えようとする時に彼はそうして睦月に触れるのだ。

 彼女の肌を傷つけないように優しく服を脱がせる。

 自分の服を脱ぐときはとても無造作で床に放り投げるくらいなのに睦月のだけはそっと置くようにしてベッドの下へと落としていく。
 白くてきめの細やかな肌にそろそろと唇を寄せて確かめるように腕の内側の柔らかい部分に歯を軽く立てたり 強く吸うのを繰り返してから彼のその唇は張りのある二つの膨らみに移動した。
 ふくりと立ち上がりかけている突起を優しく食んで、舌を胸に這わせると弾力のある睦月の乳房は 彼の舌が動くたびにフルリと揺れては元に戻るのを繰り返す。
 「んんぅ…ぁっあっ」
 声が上がるたびに白い背中が弓なりに反りあがり、ビクリと反応を返すから瀬乃崎の腕がまるでなだめるようにその背を撫でる。

 「ふっぅ…遊弦さ、ん…」

 名前を呼ばれて、伸び上がり彼女の視線が届く距離に顔を近づけるとたおやかな二の腕が首に絡まり、 可愛いソプラノが耳元で小さく囁いた。

 「わたし、なんとなくだけど…わかったよ…遊弦さんが言ってたこと…」

 アフェットの意味。

 「確かな言葉の、意味…は…っぁん…知らないけど…んっ…遊弦さんが言いたかったことはわかる気がする…」

 それって…こういう意味なんだよね?

 瀬乃崎の指が、唇が睦月に触れるときに感じる想い。

 傷つけたくないだとか、大事にしたいっていう気持ち。

 愛しているという感情。

 「わたしも、ね…遊弦さんのこと…愛した、いよっ…ああぁっん…っやっぁ」

 甘く甘く響く恋人のソプラノに乗せて届けられた言葉は瀬乃崎の顔にとても嬉しそうな笑顔を浮かべさせた。

 アフェット…その意味は“情愛”。

 “愛情を込めて”、“優しく”という音楽用語。

 君を細くしなやかに掻き鳴らしたい衝動。

 ずっとずっといつまでも君だけが俺のスペシャルでありつづける。

 胸の先端をきつく吸い上げて、色合いを濃くしたその部分を見たときに瀬乃崎の胸の奥で鼓動が大きく打って 魅せられたように荒い呼吸に合わせて上下するそこを見つめた。
 片方だけじゃ不公平だからもう一方のほうも同じように可愛い声を上げさせながら愛してあげると 睦月の内奥は蕩けてするりと入り口を撫でただけで指先が濡れる。

 「やぁぁっ!…あっ…ぁ」

 つぷんと長い指が一本睦月のなかに一気に挿し込まれ、かき乱す様に入り口から中までを大きく動き回り抜き差しを繰り返す。 くちくちと乱れた音が室内に響き、睦月の頬が更に赤く染まった。
 「あんっあっ…っあ、やぁっ…あっ…」
 瀬乃崎の身体を脚の間に割り込ませたままビクリと彼の身体を挟み込むように震える。ちゅぷんという音と、 彼の息遣いと、指の動きだけが鮮明でただ自分は声を意味を成すことができないまま上げるしかなくて 遣る瀬無さと快楽がない交ぜになって責めた。

 「やぁ…ぁう…やぁぁ…遊弦さ、ん…ゆづ、るさっ…もう…」

 途切れ途切れの言葉で必死になって懇願すると彼の指は動きを止めて、恋情と欲望を露にしたままの瀬乃崎が見下ろす。

 「いってごらん?睦月…俺が欲しい?」

 口元に淡い笑みをたたえたまま、優しい声が耳に届く。

 口元を手で隠して身体の震えを抑えようともがいている睦月が何も言えないでいると彼は彼女の耳元に同じように囁いた。
 「睦月…俺のことが欲しい?」
 それと同時にくわえ込ませていた指を一層奥へと突き入れると睦月の身体が大きく揺らぐ。

 「ぁあっ…ほし、い…からっ…だから、早くっ」

 切羽詰り、泣きそうな声で欲しがる睦月に瀬乃崎はとても嬉しそうな顔をして彼女の腰を両手で高く浮かせると 膝立ちになってそのまま自分自身を内奥まで侵入させた。
 恥じらいなど殺してしまうような淫猥な水音がして、それは瀬乃崎が睦月の肢体の中を抜きさしする度に止めどなく響き、 一気に突き入れ、抉るような動きで彼女のなかを思う様味わう。
 なにもかも暴かれて、開かれて、全てを曝してしまった睦月はただ甘く喘ぎを繰り返し、揺すり上げられては涙の粒をこぼした。

 睦月のなかを自分で満たすとき、瀬乃崎の中はアフェットよりもフェルボーレ…熱情が上回る。

 けれど一度だけ上回ったその熱情もまた優しさに替わり、いとしむように彼女が置いていかれないように 一緒の呼吸で同じものを味わった。

 なにもかもが未経験の恋愛…そのなかでもっと睦月に自分の中の思いを伝えたい。

 そう思う自分の気持ちを上手にほどいて受け取ってくれる彼女を瀬乃崎はとても愛しいと感じた。



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