出会いっていうもんは偶然に訪れるのやないと俺は思うてた。 いつか必ず出会ういう想いが強ければ強いほど、深ければ深いほどそれはまるで引力のようにお互いを引き寄せるものやとずっと信じてる。 だから俺は疑いもせずに今もずっと待ってるのや。 例え人生の一瞬でもええ…出会えた瞬間にそれまでの自分の生き様が無駄ではなかったと、自分のなかの全てでそう確信できる相手と逢えるなら共にいられる時間が目を開けて閉じるまでの時間であっても後悔はない。 せやから俺は強く、強く引き寄せるのや。 この想いがいつか俺にその相手と出会わせる事を今も信じてる。 まるでそれが以前から定められたことであるかのように。 見上げる空が今は別の色をしていても…共に肩を並べ、走り続け、辿り着く場所は同じやと俺は信じてる。 金色の吐息 ヒノトリスタの王宮は朝から騒々しかった。 それというのも、元は辺境の少数民族だった今の国務大臣――かなり癖のある方言を使うという事もあるがもともとの性格もあってその存在はどんなときも人目を引いた――が大声を出しながら城を闊歩し、辺りを懸命に見渡しているからだ。 「織姫(しき)!織姫はどこへ行きよった!あの道楽息子っ少し目を離したらこれやっ」 しかも国王陛下の嫡男であるレアトリアスの姿もない。 自分の息子がいなくなったのと丁度同じ時刻にどこかへ姿をくらまされ、大臣のイライラはそろそろ頂点に達しようとしていた。 「織姫めっ帰ったら只ではおかへん!!」 大臣の怒声は王宮中にとどろき渡り、反響し、聞く人間の耳に残るほどであり、 その表情はまるで般若のごとし。 怒髪天の大臣の後姿を見とめ、それから綺麗に晴れ渡る外の景色を眺めて国王のアツィヤフレオは雄大で大らかな雰囲気を纏いながらつかつかと赤い絨毯の上を歩いてきた。 「陛下、面目ございません!うちのせがれがレアトリアス様をそそのかしたに違いないわ、帰ってきたら性根を鍛えなおさなあきません」 大臣はまだ40になったばかりでいつもしゃきしゃきと背筋の伸びた姿勢(と滑舌) のよい男だったがその大臣の隣に立った齢60に差しかかろうかというアツィヤフレオはまるで 同い年かと思わせるほどに若々しく雄々しい国王で、見事な銀髪には白髪一つ無く、 その姿には衰えの気配は感じられない。 彼は黒とオレンジの色違いの双眸に笑いの含んだ光りを浮かべ、自分で自分の息子をなじる大臣を見た。 「それくらいにしておけ、非があるのは織姫だけではあるまい。あれも分別のつく年頃だ、あいつなりに思うところがあって織姫と一緒に行ったのだろう」 彫りの深いアツィヤフレオの面が大臣を見ながら厳しいものを帯びる。 「そろそろレアトリアスにはフェルデズを任せようと考えている」 「陛下、そうおっしゃるゆうことはあんたの極秘の騎士団をレアトリアス様に譲るっちゅうことなんですか?」 「時期尚早と思うか?」 アツィヤフレオの鋭い眼光は大臣に意見を求めていた。 長年この国王に仕えてきた大臣はそれまでの悪餓鬼に怒っている父親の表情を顔からスッと消し去ると深い思慮を称えた部下としての顔になる。 「いいえ、私もそれには反対はしまへん。レアトリアス様も立派になられて頼もしいおもてます……ですが、フェルデズは陛下がこれまで独自に扱ってきた騎士団や。 あんたやないといややという輩もいてるやろう…。レアトリアス様は正規の騎士団の総大将を任されて尚且つ魔法院も束ねてはる身や、しかしながらうちのアホ息子を筆頭に将来あの方について行こう思うてる人間もまだまだ精進が必要ですし正直大変ですやろなぁ」 「それもあの男を従わせることが出来れば問題なかろう」 色違いの双眸を伏せ、アツィヤフレオは老練な笑みを浮かべて見せた。 この男に息子がこれから越えなければならないものの大きさがわからないわけがない。 そして レアトリアスが必ずそれらを乗り越えてみせるだろうと確信しているその胸のうちでは、 わが子がどうやって試練を切り抜けるのかを思い笑っているのである。 アツィヤフレオのその表情を見ながら大臣は自分の心配が杞憂に終わりそうな予感に肩の力を抜くように大きく息を吐きながら隣に立つ王と一緒に笑うのだった。 そんな親二人の会話と思いを知らない当の息子達はヒノトリスタの北のグリューネルに程近い、 小さな村へと移動魔法を使ってやって来ていた。 群青色の髪に茶色の瞳の織姫は自分の少し前を歩くローブを被った姿のレアトリアスの 背中につまらなそうに話しかける。 「あんたも暇なお人やなぁ、わざわざデッカイ呪文唱えて行くところがここやなんて。色気無いにも程があるわ」 「姫は相変わらず賑やかなところが好きだな」 「“姫”いうなや!織姫(しき)や、し・き!まったく、我が親父ながら名前のセンスだけは理解できまへん…今頃怒ってるやろうな」 帰ってからがメンドクサイと織姫はため息を吐く。 その様子を見てレアトリアスはふっと笑うが、村の人々の様子を眺めるその父王とおなじ 色違いの双眸は真剣であった。 織姫にもレアトリアスの気持ちは理解している。 ソルメキアが帝国の支配下から開放される以前、三英雄が世界に平穏をもたらすまで この村は魔物の被害の最も多い村の一つであった。 この場所で暮らす人々が活気に溢れ、幸せそうな表情をしている様子こそ彼の父であるアツィヤフレオが隅々まで国の事を考え、支え続けているという証なのだ。 「…レアトリアス、なにを焦ってはるのや?」 相手が平静を保ち隠そうとしている気持ちを織姫はあえて口に出す。 レアトリアスは後ろを振り返ると僅かに遣る瀬無さそうに苦い笑みをたたえた。 洞察力に優れた織姫が、付き合いの長い自分の気持ちの揺れを感じないわけが無いという事は レアトリアスにもわかっている。 むしろ見抜かれた事にどこか安堵していた。 「わかるか?」 レアトリアスの濃い焦げ茶色の髪の間から覗く色違いの瞳には織姫に対しての信頼の光りが浮かんでいる。 「気づいてるのは俺くらいやから安心しぃ。お前の考えてる事は俺にもなんとなくは理解できてるつもりや… 陛下には陛下の、お前にはお前のやり方いうもんがあるやろ?自分のやり方を貫くために、そして守りたいもの守るために背負ってるあんたの荷物はデッカイのも知ってる。俺はそれをどうやって上手い事疲れんように支えてやれるかが役目やと思うとるんや… あんたが根詰めた時には吐き出させてやるさかい、遠慮せずに俺のことは傍においとき」 レアトリアスはそうやっていつも自分のことを気遣う織姫のことをとてもありがたく思う。 彼の言葉は相手に負担を感じさせない心配りがあり、それ故に自分もこの青年には他人には言えないことも話す事が出来るのだと知っていた。 「今は一人でも多くお前のような人間が欲しい…大げさな事でもなんでもなく、王位を継いだ後に万が一俺がいなくなるような事態になったときにも国を支え、人々をまとめあげられるだけの確かな基盤をもった組織としての国家…それが俺の目指す、俺の国だ。王がいなくなった途端に足元から崩壊してしまうような国にはしたくない。お前のように信頼の置ける人間を俺は得がたいものだと思うよ」 若々しいその面は柔軟で、これから大樹へと成長する若木のような彼自身の精神を表すように瑞々しく、 大きな器を感じさせる笑顔を浮かべる。 織姫はそんな未来の王者の姿を眩しいものを見るような眼差しをして見つめた。 「…?…なんやっ!」 ふいに空が陰ったかと思った途端、上空を滑空する巨大な生き物の姿が目の前に映る。 「竜かっ」 それも珍しくルウォルシュ種のドラゴンの亜種にあたる飛竜だ。しかも轡(くつわ) を付けられている様子からしてだれかが騎乗しているに違いない。 気性が激しく扱いが非常に難しいので有名な飛竜を乗りこなすとは…。 「織姫、向こうを見ろっ」 レアトリアスが鋭く声をかけ、視線をのばした先には無数の飛行物体の影。 チェルビッシュ(赤目カジ竜)といわれる小型の文字通り赤い目の竜の亜種だ。 「追われてはるんか?」 飛竜が渡った空の軌跡を追いかけるようにチェルビッシュは弾丸のような速さで飛んでいる。この竜の 亜種は数少ない飛竜の飛翔速度を上回る生き物なのだ。 しかもその性格は飛竜よりも短気で獰猛ときている。 飛竜の乗り手はチェルビッシュに追いつかれると覚悟を決めたらしい、旋回して奴らを追い払い始めた。 凄まじい速さのチェルビッシュ達を相手に巧みに飛竜を駆り、太陽の光に反射するものは剣だろうか? それを振りかざし、確実に一撃で急所を狙っている腕前は流石としか言いようがない。 「ごっつい奴や…あれだけの数相手にして一つも怯んでないわ」 感嘆の息と共に織姫は目の前で繰り広げられている光景を見た。 レアトリアスは広い場所へと移動すると呪文を詠唱する。すると途端に彼の地面から光が閃光の様に溢れて徐々に描紋を描く。 「織姫、手伝え!」 その言葉に織姫もレアトリアスの魔方陣のサポートに入る。 二人の描く巨大な円陣は瞬く間に強大な力を呼び覚まし、天空のチェルビッシュ達に向かって矢のように光と炎が穿つ。無数にいる奴等を二人の魔法は彼等が呪文を詠唱し、魔力を注ぐ限り際限なく攻撃を繰り出した。 高い鳴き声を上げながら火の嫌いなチェルビッシュは二人が放った魔法に一目散に逃げていく。 難を逃れた飛竜とその乗り手はレアトリアスと織姫の上空に来ると2・3回くるくると優雅に弧を描くように回ると少し向こうの林のほうへとゆっくりと飛んでいく。その様子はまるで「そこで待っている」と言うようだった。 「どうする?レアトリアス」 尋ねる織姫にレアトリアスは僅かに笑んだ。どうやら飛竜の乗り手に興味を抱いたらしい。 「警戒するよりもまず好奇心が勝るやなんて、あんたもごっついお人やで」 そう言いながらも織姫はレアトリアスの意向に反対するつもりがないのを表すかのように笑ったのだった。 二人が林の奥へと進んでいくと、しばらくして開けた湖に辿り着く。 そこにはほとりの方で翼を休めている飛竜と、時折その飛竜が首を水面に伸ばして水を飲んでいる背を労わるように撫でている乗り手の姿があった。 背の高い男。 深い緑の髪にはバンダナが巻かれており、腰までの短いマントと、 コートに身を包んだ男はその目に色の濃い遮光眼鏡をかけている。 すらりと伸びた足には膝までのブーツを履き、佇んでいるこの男にはどこか貴族然とした品が備わっているようにレアトリアスと織姫には感じられた。 男は二人に向き直ると遮光眼鏡で表情の起伏の隠されたその唇を静かに動かす。 「先ほどの事には礼を言う。飛竜も長旅で気が立っていたらしく、チェルビッシュの縄張りを侵してしまった…オレはナイトハルト・グランフォースという。良ければ名を聞きたい」 ナイトハルトの言葉にレアトリアスは躊躇なく一歩前へと出て口を開こうとしたが、織姫がそれを諌めるように動こうとしたのでまず彼のその動きを手で制してから名を名乗った。 「レアトリアスだ」 真っ直ぐに相手を見るレアトリアスに織姫はどうやら相当このナイトハルトという男に対して彼が興味をもってしまっているのだという事実に内心でやれやれとため息をつく。 「俺は織姫や」 この出会いこそが、やがてナイトハルトをレアトリアスの最強の右腕と呼ばれる者にし、そしてヒノトリスタ国王となったレアトリアスに対し、織姫と共に最後まで一緒に付き合う運命を辿らせる。 |