08年12月17日アップ










 まるで砂糖菓子のように柔らかそうで繊細な美紅音の手が伸ばされる。
 「いらっしゃい、サラ」
 どんな音色よりも澄んだ声が呼ぶ。
 滝のように長く伸びた焦げ茶色の髪の間からのぞく薄紅色の双眸がこの時だけ甘く煌いてサラを誘った。
 なぜだろうか、さっきは大人びた表情をする美紅音に対して寂寥感を感じたはずなのに、今のサラには彼女の艶のある表情が胸の奥を痛くさせる。
 嫌な痛みじゃなく、どこか甘い痛みと同時に溢れたのは温かい感情。

 美紅音に本当は彼女の傍にいたい気持ちを見抜かれている。

 隠れている観葉植物の葉の間から、サラはおずおずと自分の腕を伸ばした。
 すると美紅音は大人た表情のまま、ふわりと純白の羽が舞い振るような微笑を浮かべてサラを見つめる。
 大きな鼓動がサラの胸を打った。
 「美紅…っ」
 恋人の名前を呼ぼうとしたサラは、急に手を強引に掴まれて引き寄せられたので体制を崩す。
 決して力が弱いわけではないサラは、しかし美紅音相手には全てされるがままと言っていいほど抵抗はしないので、このときも彼女が自分を引き寄せる力に逆らわなかった。
 しかし、薄紅色の澄んだ双眸が自分のある一点に注がれているのを気づいた途端にサラの表情はギクリとして青ざめ、凍りつく。

 腕の傷を見られたのだ。

 サラの唇がまず恐怖から震えだし、次いで全身が小刻みに揺れだすと、今度は濃い蒼の瞳から涙が湧き上がってきた。

 「ちが…っ…美紅音、これはっ…」

 細胞が塵となってすら再生するドラゴンの肉体に残る傷は、心の傷を表す。
 自分の弱さを美紅音に晒してしまった事に、サラは半ばパニックを起こした。
 サラ自身の中で、弱いものは美紅音の側にいることは出来ないのだという強い思い込みがある。
 そしてサラの腕の傷を見た瞬間から、美紅音の表情が酷く冷たいものに変わったことも、彼女の渦巻く不安や恐怖を増長させたのだ。

 「美紅音っ…お、怒っているの?…俺が、怪我を負ったから…?…傷を治せないまま…だからっ…」

 強くなければ美紅音の側にはいられないのに、自分は怪我をしたままでいる。
 治せないでいる。
 美紅音の中で、サラという存在が失われてしまう。
 きっと美紅音はトゥ・リアラが傷ついたサラの傷を癒したことも視ていた筈だ。それなのに…トゥ・リアラの癒しでさえ治らなかった傷があるのだと知られてしまった。
 「美紅音…お、俺は…俺はっ…」
 くず折れた体勢から、サラは縋るように美紅音の細い腰に抱きつく。
 指先さえも小さな振動を美紅音に与えた。
 今にも儚くなってしまいそうなサラの頭上に、美紅音の小さな溜息が落とされると反射的に銀の髪が振り乱れ、絶望に顔を歪ませたサラが涙を零しながら見上げてくる。

 その表情に、美紅音は自分の失態を悟ると、少し困ったように苦笑いを浮かべた。

 「貴方に怒ってるんじゃないわ、でもあまり無茶をして怪我するのはよしてね。いくらドラゴンが凄まじい回復力を備えているからって、痛みを感じないわけではないのに」

 美紅音の瞳にまた優しい光りが戻ってきた。
 そしてはらはらと涙を零す蒼い瞳の、その目尻にそっと唇を寄せると労わるように涙を吸い上げる。
 「美紅音…」
 信じられないというように疑視してくるサラを、美紅音はいとおしげに見つめると今度は唇に小さくキスをした。

 「サラ、私の側を離れるんじゃないわよ?」

 その言葉の意味に、サラは一瞬息をするのを忘れる。

 「…あの…」

 「器の守護が弱まっている今はお前達ドラゴンにもその影響が来るわ。貴方はまだ若いから感情の抑制が出来ない事が多い上に器の守護の力が弱まっているから理性よりも本能で行動してしまいがちになっている。現に亜竜の類は既に暴走を始めているし、このところフェイルン全域は異常気象が続いてるわ。ここにいれば私が貴方を守ることが出来る…いいわね、絶対に側を離れないでいてよ?これからリーズフェルト様たちが来ても、怖がらなくていいから」

 美紅音の側にいろという意味が、自分の思っていたものとは違っていたので落胆していたサラは、リーズフェルトという名前にビクリを肩を震わせた。
 実を言うと、サラは遥か以前にトゥ・リアラに酷い怪我を負わせた過去がある。
 それは恋人の美紅音がトゥ・リアラを肉親のように強く慕っている事を知っている身としては、大変心苦しくさせる過去であった。
 急にオロオロとし始めたサラを見て、美紅音は内心で嘆息する。

 (サラといいキリヤといいどうしてこんなに臆病なのかしら?)

 カランドル種のアースドラゴンは5匹の竜の中で最も巨大だが、最も遭遇率が低い。
 他の種族に対する警戒ぶりを表す様に透過能力をもつあのハイリィ種のオーロラドラゴンよりも見つけにくいのだ。その理由はアースドラゴンが極めて人見知りな性格だからである。
 アースドラゴンの大切な想い人はツェナ大陸に棲むファーガーンの精霊であるルシェ・ファラウだが、かの地は砂地や岩場が多いためにあの巨大な竜が身を隠すような場所は極限られているというのに実に見事に姿を隠す。

 「サラはリーズフェルト様が嫌いなの?」

 じと目で尋ねてくる美紅音に、サラは瞬時に首を横に振った。
 嫌いではない、むしろ好かれたい。だって美紅音が肉親のように思っている存在だ。
 しかし基本的に地の底の女王の庇護の下で過ごしている相手なので滅多に会えるものでもないため、いつまでも負い目を拭いきれないでいる。
 「弥勒は好きじゃないけどリーズフェルトは嫌いじゃない」
 美紅音にとってはまさに微妙な回答だ。

 「まぁいいわ、貴方に色々と考えさせるのは避けておきたいし…誰か」

 美紅音が呼ぶと、扉を開いて壮年の女性が頭をたれたまま静々と部屋の中へ入ってきた。

 「もう直ぐこの塔へリーズフェルト様とヒノトリスタとブルーリンゲルンからの使者の方々が来ます。丁重にお出迎えし、この部屋へとお通ししなさい」

 「かしこまりました」

 美紅音がこの塔に暮らし始めた頃から仕えている女性は何もかも承知しているので隣にいるサラに対しても特に何の反応も見せずにそのまま退室した。

 「それからサラ」

 名を呼びながら美紅音はサラの黒みがかった銀髪を一房掬い上げると優雅な仕草で口付ける。
 吃驚して固まるサラは、にっこりと微笑みかける美紅音の薄紅色の中にそんな自分の姿が映り、ますますいたたいまれなくなった。

 「側にいなさいと言ったのは、別にさっきの事だけの意味じゃないわよ」

 そう言って掬い上げていた髪を離すと、美紅音はお気に入りの揺り椅子へと再び座る。  サラは口付けられた髪を大事そうに撫で付けた。
 その腕には、醜く残っていた傷痕は跡形も無く消え去っていたのだった。
 しばらくすると言いつけ通りに壮年の侍女がトゥ・リアラと共にやってきた織姫やテイン達を美紅音の部屋へと連れてくる。

 「あら、ナイトハルトは来なかったの?」

 相変わらず揺り椅子に座ったまま、ゆったりとその身を預けていた美紅音は揃った面子を見てそう呟く。

 「ナイトハルトやてっ!その男がどこに?」

 レアトリアスと一緒にグリューネル付近の村へと赴いた際に出会った男の名前を聞き、織姫が驚いて声を上げた。
 織姫がフェアリードラゴンの人型をとった時の姿を見たことがあるのを知ったトゥ・リアラが彼の疑問に答える。

 「ナイトハルトとは、今あなた方の飛行船の近くで羽を休めているフェアリードラゴンのことですよ。そこにいるサラもプラチナドラゴンの化身です」

 その言葉に大声を上げたのはテインの方だった。明るい緑の瞳が更に輝きを増して美紅音の後にいるサラへと向けられる。

 「ドラゴンは人の姿を取れると言い伝えには聞いていたけど本当なんだ!」

 テインの眼差しは物珍しいというよりも純粋に人の姿をとったドラゴンに対しての感嘆の光りが浮かぶ。黒みがかった銀髪が長く流れる背の高い女性は響 更紗とそれほど変わらない年頃のように思えた。

 「サラ、身体の方は大丈夫ですか?」

 トゥ・リアラが揺り椅子に座る美紅音の後ろに隠れるようにして立っているプラチナドラゴンに声をかける。
 一瞬サラは怯えたように肩をひそめたが、トゥ・リアラの眼差しが優しい事に励まされておずおずと口を開いた。外見とは裏腹に、サラの精神年齢は実は美紅音よりも幼い。

 「はい…」

 その返事に安心したトゥ・リアラは静かに織姫達の前に歩み出た。

 「サラが今回あなた方の船に危害を加えようとした事をどうか許してください。ドラゴンは本来争いを避ける種族…けれど器の共鳴が不安定な今、そんな彼らにも影響が及んでいるために貴方々を危険な目に遭わせました。サラはまだ年若く、アクアドラゴンやアースドラゴンに比べてずっと幼いため影響も受けやすいの…全ては美紅音を守ろうとしていたのです」

 美紅音が後に立つサラの方を見た。

 「既にドラゴンの亜種や魔物による被害はこのフェイルンの地で起こり始めているのよ。本能が強く刺激されていた状態のサラは塔に近づくものを全て排除しようとしたの」

 プラチナドラゴンが近年このフェイルン大陸に住処を移した目的は何より美紅音の側に居たかったからである。元々ドラゴンの亜種の多いこの地では現在ほどではないにしろバウゼルなどの凶暴な飛竜からの被害もあり、以前は塔の警備兵が守っていたがサラが来てからは彼女が一掃していた。
 それが器の異変によってサラ自身も影響を受けて攻撃的な本性が抑えきれなくなり、織姫達の飛行船を敵だと認識してしまったのだ。

 「クロウェンの巫女、僕は世界の異変が僕の先祖であるカレリオット様が創り上げた器に異変が起こっているという事をエルリィヒ様から聞きました。器についてはクロウェンの巫女の近くにいるプラチナドラゴンに尋ねよと言われ、貴方の元を訪れたのです」

 「サラの知っている真実は私がお話しするわ」

 テインの言葉を聞いて美紅音がゆったりとした椅子から立ち上がる。

 「三つの器はブルーリンゲルンの女王カレリオットが創り上げた武器です。この武器を天と地上と地底の安定を保つ器と成したのはオリムテイアの子供である弥勒。一つはリーズフェルト…アトレイユ様が天へと捧げ、一つはジャナスティアの国王、カヤトの先祖である朱理が地の底の女王キサラへと捧げ、最後の器はファーガーンの騎士であったレイガルドがエルフ達へと預けました。
 世界の異変は、この三つの器のうち、地上の器の共鳴を何かが妨げている為と思われます。
 器の共鳴は“金色の吐息”と呼ばれるように緩やかで人間には感じ取る事の出来ない波動です。本当は地上の器への場所へ行く為には精霊や神獣などの導きが必要ですが、彼等はそれぞれに制約があり、エルリィヒやルシェ・ファラウのように自らの地から出ることの出来ない者やサラ達のように影響を受けて近づけない者がほとんどです」

 「アトレイユ様はご存じないのですか?」

 織姫が問いかけるとトゥ・リアラは首を振る。

 「私がわかるのは天の器の波動のみなのです。地上の器の波動は、持ち主のレイガルドしか感じることができません。この波動をそれぞれ感じ分けることが出来るのは美紅音が先程言ったように精霊や神獣の存在のみです。
 彼等は本来キサラ様の庇護の元で地の底に存在していますが、唯一人間の呼びかけに応えて地上に現れる方法があります」

 トゥ・リアラの双眸がある人物を捕らえた。

 「………東方魔術…召喚術ですね」

 響 更紗が躊躇いながらもそう口にする。
 トゥ・リアラは頷くと、響に微笑んだ。
 「貴方は“理性の目”を持っていますね…召喚の術の才を秘めるものは必ずその“理性の目”…第三の目を開く素質があります」

 「しかし、召喚術はあくまで一時的に精霊や神獣を地上へと出現させるのが限界です…とどめる力はありません」

 「それには私が力を貸しましょう…その為にエルリィヒ様は私をあなた方の下へと呼び寄せたのですから」

 「では、方法が?」

 「はい。その為に、ヒノトリスタへと向かいます」

 「ヒノトにですか?…確かに東方魔術いうたらウチの国が一番よう知ってますね」

 織姫は頷くとテインの方に視線を向けた。

 「カヤト陛下にも今回の事を報告した方がええな」

 「あら、ジャナスティアの王ならきっと今頃はヒノトリスタにいるはすよ」

 千里の目を持つクロウェンの巫女である美紅音がそう漏らした。

 「ほんまですかっ…うわ〜どうしよ」

 「織姫、カヤト陛下がヒノトに訪れる事に何か問題でも?」

 響が問いかけると織姫はぎくりと肩を震わす。

 「ん、…ん〜別に問題はおこらへんと思うのやけど…」

 そう言う織姫の表情は明らかに不味いものを含んだモノになっていた。そしてテインの方までじりじりと近づくと彼の脇腹をこつんとつつく。
 テインの方も表情が冴えない。
 こそこそと二人で何やら小声で会話を始めた。
 (どうするテイン?あいつこんなタイミングでヒノトに来るやなんて)

 (お前というストッパーがいないのを機にセキレイにちょっかいかける気なんじゃない?)

 (やっぱそう思う!?あんのタラシめっこの重大事に真面目に行動してると思えばっなに人の国の王子に手ぇだそうとしてはるんやっ)

 (どうせ枯葉が同行してるだろうケド、彼きっとカヤトのこと止めないだろうなぁ。基本的にあの補佐殿は国王陛下に対して放し飼いの方針でいるから)

 (人の国でまであないな危険人物放牧すなやっ!?やばいわ〜〜〜カヤトのセキレイ殿下への入れ込み様は半端ないからなぁ…かれこれ10年以上の片思いやし、年季の入れようはウチの姉ちゃんの嫁ぎ先の陛下といい勝負や)

 (あー姉上もラン義姉君にはすごい執念だったねぇ)

 (レアルはまだカヤトの下心に気づいてへんし、当のセキレイ殿下すらご自分がぞっこん惚れられてるなんで夢にもおもてへんっ…もしかして俺の仕える奴らって超鈍感!?)

 (やばいよ、今はセキレイの御付武官の響までこっちに来てるし)

 (や、それはどうやろ…響って正直カヤトの好みに大分当てはまってるし、もし響がヒノトに残っとっても最悪ただ愛人を一人増やすだけに終わるかもしらんわ)

 そんなことが容易に想像できてしまう自分に織姫は悲しみを覚えた。主にそんな国王と友人である事に対して。

 (どんだけ節操なしだよあの男はっいいのかそんなの国王でっセキレイが手ぇ出されてそのままジャナスティアまで攫われたらどうすんのっ)

 (シャレにならんこというなぁぁぁぁぁぁぁぁ!?国際規模の大問題やわっ急いで帰えらなセキレイ殿下が傷モノになってまう!?)

 「ジャナスティアの国王が気になるの?」

 「貞操のき…じゃなくて、ジャナスティアの国王陛下がなぜ今ヒノトに来るのでしょうか?」

 織姫の言葉に、美紅音は少しだけ表情を曇らせる。

 「大いなるサーリーグルの血をもつ者が彼をヒノトリスタへと導いたのです」

 サーリーグル…その言葉に織姫は一瞬表情をなくした。

 「…そうですね…枯葉がいるんやから、あいつがヒノトに手がかりがあるのを知るのも当たり前や…」
 沈む表情の織姫の隣にいたテインは、なぜエルリィヒが枯葉にではなくプラチナドラゴンの元を訪れよと言ったのか疑問に思っていた。

(一人はジャナスティアに…しかし彼の者は決して過去を語ろうとはしまい…)

 サフェンディル山での、かの精霊の言葉が甦る。

 「枯葉の過去に何かがあるのか?」

 「テイン王子」

 エルリィヒの言葉を思い出していたテインに、不意に名を呼んだのはサラだった。

 「枯葉には関わらない方がいい…女王の怒りを買う」

 地の底の女王キサラ。

 “地の底”とは冥府とは異なり、精霊や神獣、聖獣が棲む幻界と呼ばれる世界の事である。その世界を治める女王キサラは地上の特別な魂を冥府へと送り届ける魂の迎え役を担っており、また冥府の門の守護者であった。
 ドラゴンは地の底の女王の夫君である雨を司る精霊の眷属であり、女王には忠誠を誓っている。
 弥勒はそのキサラの実の兄にあたるのだが、なぜかドラゴン達とはそりが合わない。

 「なるべく早くヒノトへと戻るといい…そう、出来るだけ急いだ方がいい」

 サラは内心の不安を抑えるようにそう語る。

 「ヒノトで何かが起こるんですか?」

 織姫の問いに、サラは口を閉ざした。
 「それ以上は俺からは言う事は出来ない…」
 サラの蒼い瞳が真摯な光を帯びて、織姫達に事態の深刻さを伝えている。

 「…わかりました。我々は直ぐにヒノトリスタに向かいます。プラチナドラゴンとクロウェンの巫女には感謝します」

 足早に去っていく織姫達を見送っていた美紅音が堪りかねたようにトゥ・リアラを呼び止めた。

 「しばらくだけ二人で話がしたいです」

 悲しい表情で自分を引き止めた美紅音に、トゥ・リアラは織姫達に先に行くようにと言い、室内に残ると静かな足取りで彼女の側まで歩み寄った。
 トゥ・リアラにとって美紅音は娘同然の存在である。
 まだ美紅音が幼い時に、弥勒と三人で7年の歳月をこの塔で一緒に過ごした。
 そしてその7年が過ぎた時、弥勒はトゥ・リアラに別れを告げたのである。

 「…リーズフェルト様…」

 「美紅音、どうしたの?」

 「……弥勒様は……いいえ、聞きたいのはそんな事じゃないっ…リーズフェルト様は、もう弥勒様のことを愛していないの?弥勒様がいなくても平気なのですか?」

 いつもはどこかつんと澄ました様な美紅音が、この時は母に縋る小さな子供同然だった。
 薄紅色の双眸には淋しさが一杯に広がる。
 トゥ・リアラは微笑み、そしてたおやかなその白い腕で美紅音をそっと抱き締めた。

 「愛しているわ美紅音、あなたを今までもこれからもずっと、そして今よりもずっと…」

 それは弥勒の言葉と重なり、美紅音の胸を満たした。

 「…もし、弥勒様が傍にいて欲しいと言えば、リーズフェルト様は頷きましたか?」

 抱き締められた腕の中で美紅音はトゥ・リアラの切ないような、笑うような溜息を聞く。

 「いいえ…きっとあの人はそんな言葉を言わないわ…そして私も、それを望まない」

 弥勒とトゥ・リアラの胸に吹き荒れていた“孤独”という嵐は静かに過ぎ去っていた。
 それはトゥ・リアラにとって永遠とも思える時間の果てに。
 それは弥勒にとって瞬きほどの瞬間、与えられた時間の末に。
 夢のような幸せを感じながら。

 嵐が去っても、二人このままこの場所に踏みとどまるのは簡単だったのに。

 永遠の時間を重ね合わせながら甘い日々を送ることもできたはずだった。

 けれど二人とも、互いの隣に居場所を失いながらでも一歩を踏み出す。

 出会いと別れを繰り返す事が絆だから。

 胸の奥の情熱よりも、自由という名の世界を選んだ。

 





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