王宮へと帰ってきたレアトリアスと織姫は今日の事をアツィヤフレオに報告しようとしていた 途中で魔法騎士団の上位騎士である響 更紗と偶然顔をあわせた。 彼は“騎士”という肩書が示すとおりただの魔道士ではなく、剣を持ち戦いに臨む存在である。 ヒノトリスタには魔道士団と魔法騎士団という大きく分けて二つの軍隊があり、魔道士団は後衛に優れ、 魔法騎士団は前衛に優れた者たちという風に分けられていた。 これらの軍を束ねているのがレアトリアスであり、その補佐が織姫である。 「響やないか、久しぶりやな。フィアゼイル神殿でのセキレイ殿下の神官の位を受ける儀式はすんだみたいやな?」 落ち着いて腰の低い佇まいの響は、3年ほど前からレアトリアスの弟であるセキレイの御付武官として護衛役についていた。 極淡い長く伸ばした金の髪と穏やかな黒い瞳のこの男は実は出身がブルーリンゲルンなのだが、 それを知った人間はまず信じた事がない。 それというのもやはり他国の人間がブルーリンゲルンという国の国民に抱くイメージと 響自身の性格が違いすぎていることが原因だろう。 どこまでも優しげで柔らかな物腰の響は、レアトリアスと織姫に敬礼するとその雰囲気に似合いの透明な微笑を浮かべた。 「あちらの方ではとても尊いお方と会う機会に恵まれました」 「めずらしな、響がそんな風にいう人間がおるやなんて」 織姫と響はそれぞれが持つ個性こそ正反対だが、立場上よく顔をあわせる事も多く、自然に親しくなった間柄である。 控えめで謙虚な性格の響だが、決して卑屈でなく物怖じしない姿勢を織姫もレアトリアスも好意的に受け取っていた。 「大神官様に会いに火髪様がおいでになっていました」 「火髪…あの召喚の使い手の?そういえば響も東方魔術の素質があったんやったな」 織姫が言うとおり、響は魔法国家ヒノトリスタでも稀な東方魔術に関する才能の片鱗を見せており、まだ年若くこれからの成長を期待されている。 「近くで姿を拝見したのはあれが初めてですが、不思議な方ですね…まるで空気のように自然なのに驚くほど存在感のある…」 響の言葉の端々には火髪に対する感嘆が含まれており、彼の話に織姫は内心でだけではあるが複雑なものを思い巡らせていた。そして織姫のその思いを隣に立っていたレアトリアスは感じていたが、彼もまたそのことについては響の前で言い出す事をしないまま、それから少しの間だけ会話を繰り返して別れた後に話しかける。 「どうした?織姫」 レアトリアスが問うと織姫は改めて胸の中の苦いものを表に出すように深く息を吐き、遣る瀬無いといったような笑いとも苦しみともつかない表情をしてただ前を見た。 「いや、俺の胸のなかだけの事や…」 まるで前置きのようにそう言い、織姫は「お前には隠し事はせえへん」とポツリと話し出す。 「俺の勝手な気持ちなんやけど…あの方…火髪様が俺はどうも好きになれんわ」 「……それは…お前の星読みの力が関係しているのか?」 『星読み』という言葉に軽く首を振る織姫の顔には既に僅かな笑みもなく、ただ静かな彼の中の冷静さだけが浮かび上がっておりレアトリアスは滅多に見せない織姫のそんな表情に自分自身も心が静まり返る気がする。 「好きになれんいうのとは少し違う…上手く言い難いのやけど、あの方を見てるとなんや自分のなかの負の感情が大きく動いてしまう」 「…負の、感情?」 「これも言い表すのは難しいわ…切ないだとか、悲しいだとか …そういったものが身体の中全部を支配するような感覚いうんやろうか …そうやな…“苦しみ”いうんが一番近いのかもしれん」 「………」 「……まるで“あの人”を見たときと同じ感覚なんや」 その言葉にレアトリアスの色違いの目がすがめられ、形のいい薄い唇が引き結ばれた。 「お前と同じ…星読みの能力を持つ“あの人”か?」 「レアトリアス、“同じ”いうのは語弊があるわ…俺と“あの人”では能力の差は計り知れんものがある。その能力の絶大さゆえにあの人は身体に大きな制約を科し、心のなかに深い暗闇を背負わないかんようになってしまったんや。正直、“あの人”の能力は異端としか言いようがない」 織姫にそこまで言わしめたのは、烏の濡れ羽のような髪と、常に憂いをたたえた眼差しを持つ男。 悲しいまでに自らの血と能力に従順にあり続け、そして護る者。 ジャナスティアの騎士団長であるその男はその戦闘能力の高さと冷静さ、そして冷酷さから軍のなかで “屍殺し”という異名をもつほどだった。 「火髪には、確か星読みの能力はなかったはず」 「ええ、俺もそんな話は聞いたことがないですわ。なんであの方をみてこんな事を思うのか理由はわからんけど、これは星読みやなくて俺自身のなかの問題やと思う」 織姫の表情はとても厳しく、それは彼自身が自らに甘えを持つことを嫌う信念を感じさせる。 それは織姫が将来レアトリアスの片腕として立つという事が決して容易くなく、むしろとても大変な事であることを自覚し、 考えている表れでもあった。 自分たちはまだまだ若く、それ故にまだ様々な事に対して十分に行き届かない事も多い。 それだけに歯がゆい思いもするだろうが、けれどもそこで立ち止まっていては駄目なのだ。 どれだけ辛く、難しくても前へ進まなければいけない。 レアトリアスも織姫も思う、自分自身がそういった壁にぶち当たった時には絶対に他人の前で弱音は吐かないと。 ただ一人、誰もいないときにだけそっと自分を励ませばいい。 自分はきっと負けない…誰でもなく己だけは自分を信じていようと。 「話は変えるけど、陛下は近いうちお前に正式に王位を譲る時期を決めようとお考えなのかもしれん …だからこそ、お前も最近は色々と考えるところがあったのと違うのやないか?」 「やはり織姫もそう思うか?」 「ああ。陛下はそんな素振りはないし親父もなんも言わんけど、周りの人間の動きを見てたらわかる。きっと陛下も親父も俺らがそろそろ王位継承のことに感づきはじめてるのをわかってるのやないかな?」 「父が俺に王位を譲るとしたらその前にやらなければいけない事は様々あるが…最も問題なのは…」 「間違いなくフェルデズ…陛下直属のあの騎士団を掌握しろということやろうな。あの騎士団はアツィヤフレオ陛下自身がまだ国王になられる前に結成した独自のものや。どんな命令も陛下でなければ聞かんいう連中ばかりやろうな」 そう話す織姫の父親である現在の国務大臣も元を辿ればフェルデズ出身である。 「ただ陛下の嫡子やいうだけでは動かん騎士団を統率するためにもお前には今は一人でもたくさんの味方が必要や…それも戦ごとに関して信頼できる人間…3つの魔道士団と7の魔法騎士団、そしてフェルデズを率いるためにもお前はナイトハルト・グランフォースを得たいと思うてるんやないか?」 群青色の髪から覗く赤茶の瞳が鋭く細まりレアトリアスを見る。 「俺は将来は親父の跡目をついで国務大臣の任につく…響は正直、戦争に関しては優しすぎる面があるのは否めへんと思うとるしお前もそう考えて…」 「今の今までどこほっついとったんやこのアホ息子っ」 言ったが早いか後方から突然降って沸いた肘鉄が織姫の後頭部をヒットし、彼はそのままその場にうずくまる。 攻撃した主は誰あろう父親である国務大臣だ。 織姫はしばらく痙攣しながら痛みに耐えていたがやがておもむろに立ち上がって後ろに居る父親に噛み付く勢いで怒鳴った。 「なにしはるのやっこのクソ親父!!俺の類稀な頭がポンコツになってもたらどうすんねやっ」 「やかましいわどアホっ!!!レアトリアス殿下を引きとめもせんと一緒に城下に下りよって!お前には自覚いうのが足りてないのや!いっぺんアホになって一から教えなおしたるわ」 「なんやとぉ!クソ親父にいわれたないわっ」 「言うたなこのアホ息子がっ」 「 「ギィィィィィィィィっ!!!!」 」 「………」 とりあえずこの場は、親子二人の壮絶な舌戦が繰り広げられた事によってしばらくの間凄まじいまでの馬鹿馬鹿しい殺気に包まれ、 収拾がつくまでレアトリアスは口を挟むことが出来なかったらしい。 それによってアツィヤフレオに報告する時間が大幅に遅れたのは言うまでもなく…諦めて、レアトリアスはこの親子の様子を観戦する事にしたのだった…。 |