―――とても嬉しそうに恥ずかしそうに神様は笑う。 ――― 望まなければ失わずにすむはずなのに求めてしまうのはどうしてだろう。 彼女は変わる…それは僕のためにではなく。 でも僕は変化していくキミこそがとてもいとおしく思うのだ。 (あなた…だれ?綺麗な瞳の…魔法使い?) 二人だけの居場所に踏みとどまってこのまま永遠の時間を重ねることは簡単で…けれど失いながら二人出会いを繰り返すことがキミというたった一つの星との絆であるように…。 ―――真夜中の孤独な満月に優しく添うきら星を見つめながらそうであってくれるように神様は願う。――― 「僕のこの手には力ばかりがあるのに本当に守りたいものは何一つ守れないから」 金色の吐息 テインは一人ブルーリンゲルを出てフェイルン大陸を目指し小型の飛行船に乗り込んでいた。 彼の出奔は国王であり姉でもある流桜も承知のことで、元々放浪好きで酷い時では数ヶ月も王宮に帰らない事もあるこの困った弟君は、今回は聖なる器の情報を求めてクロウェンの巫女のもとへと先を急いでいた。 「僕なら国を空けてもいつもの事だしねー」 暢気にそんなことを言いながら飛行船のブリッジで風にあたっていたが、不意に太陽にチラチラと影を指す存在を見つけて目を凝らす。 辺りは既に夕刻間近の空の色をしており、天空から太陽の光りを遮るようにソレは飛翔し、コウモリの様な形をした巨大な両翼は、しかし鳥のように沢山の羽に覆われた姿をして鱗に覆われた手足の爪は硬質で鋭く尖っていた。 「ルウォルシュ種の…プラチナ・ドラゴン…」 全長80メートルの巨大な空の覇者。 ハイリィ種のオーロラ・ドラゴン、ケルティガ種のウォーター・ドラゴン、カランドル種のアース・ドラゴン、マーギ種のフェアリー・ドラゴンと併せてこの世界で生態系の頂点に立つ生命体がドラゴンである。 なかでもこのルウォルシュ種のプラチナ・ドラゴンは最も俊敏性に優れており、生息地域は50年程前まではソルメキア大陸北部…魔物たちが峨々たる岩根に闇とともに生きる陽の光りすら届かぬ世界を根城としていたが、近年はソルメキア大陸から東のフェイルン大陸へと住処を移したと噂されていた。 「何かを追っているのか…」 最大速度が音速を超える飛行能力をもつ翼(主翼)は全長を超える程の大きさを誇り、テインの目からは濃い影としか映らないその両翼の後方からは白く伸びた雲が幾筋も作り出されている。 風が大きく唸り、砂塵を舞い上げていくなかで天空に舞うその雄大な姿は次第に太陽から遠ざかり、夕焼けの空…その遥か彼方へと去ってゆく。 余りにも感動的な光景にしばらく見とれていたテインだったが、すぐさま現実に引き戻される事になった。 「…何だろう?」 自分の飛行船からそれ程遠くないところで何かが群れている。 小さな飛行物体が集団を成して一箇所に群がっているらしかった。 テインはただならぬ雰囲気を感じて飛行船をその集団の方へと近づけるが、次第に距離を縮めてゆくうちにその集団がドラゴンの亜種である事に気がつく。 しかも飛竜の亜種のなかでも身体の比較的大きいバウゼルだった。群がっているのはテインと同じ飛行船らしい。 「なんだってこんなことろでバウゼルが飛行船を襲ってるんだっ」 バウゼルはフェイルン大陸にしか生息しない生物で、ここはまだソルメキア大陸のはずだった。 「焦らんでええ。いつものように何人かで固まって敵サンを討つんや!相手の群れがバラけたからってこちらまで勢力を分断しなや。自分の守備位置から離れんように」 聞き覚えのある声が襲われている飛行船の中から聞こえる。 (…この声…) 「織姫かっ」 テインは聞き間違いかと思ったが、確かにその声は自分がよく知るヒノトリスタの国務大臣の息子である織姫の声だ。 「おれ等の船にちょっかいかけるとは度胸あるやないか」 唇から零れた声は静かで、またその面も冷静であり眼差しだけが研ぎ澄まされていた。 飛行船の守りはそれを担う者達に全て任せて敵の迎撃の為に仁王立ちしている織姫はその手に武器を持っていない。 彼は拳で戦う戦闘スタイルだからだ。 織姫は船の四方のそれぞれ一点に仲間を集中して配置し、そして自分は飛行船の穂先で闘拳用の薄いグローブを着けた拳を握り締めている。 翼を持つバウゼルの速さに対して彼の動体視力は的確に相手の動きを読み、突進してくる軌道を読んで避ける間際に後方から近付き、閃光のような一撃を穿つ。 バウゼルはその拳圧による衝撃に船から次々と離れて地上へと落下していった。 もともとバウゼルと拳で戦おうというのは無謀な戦法であるが、織姫は自分の放つ拳の凄まじい「気」によって相手にダメージを与えているのだ。そのため正確には彼は殴り付けて敵を倒しているのではない。 「鷹乃!あんまり無理しぃなや」 少し離れた所で夕焼けの太陽の光りを眩しく反射する鷹乃の常識はずれに長い刀が閃いているのが見えた。 「誰に向かって言ってるの?」 優しい顔立ちに少女のように細い肢体をしているが自分の身長程もあるその刀を鷹乃は信じられないほどに巧みに扱う。 先天的な目の病気により片目の視力が完璧に失われ、今またもう片方の目の視力さえなくしかけている男が振るっているとは到底思えない程に見事な剣捌き。 「相変わらずごっついなぁ」 内心の感嘆を微塵も面に出さず、織姫は常に周りの情況を判断して戦う。 「早めにお帰り願うで」 自分に向かって飛んでくるバウゼルの群れに織姫は薄く笑みを浮かべてそう言い放つ。 響 更紗と鷹乃の弟の孔雀は自分達とは別の場所で戦っているのだろう。 木の葉が舞い散るように彼らは飛行船に群がってくるバウゼルを打ち倒していく。 その強さをいっそえげつないとテインは端で眺めながら思った。 そしてその言葉通りに彼等飛行船の乗組員は数刻もたたずに全ての敵を追い払い、逃げてゆく残ったバウゼルを深追いせずに元の航路へと戻る。 テインはその飛行船へと速度を速めて近づいていくと、それに気づいた織姫が声を上げた。 「なんや、テイン王子の船やないか」 織姫たちが乗る船はテインが操縦する船を丸ごと収納できる程の大型船であったので、ハッチを開いてテインの船を迎え入れる。 格納庫から出てきた王子様に織姫が笑いながら「お久しぶりです」と声をかけるとテイン・ライレック=ブルーリンゲルンはとても屈託ない綺麗な笑顔を返す。 「元気そうだね織姫。相変わらずそっちは退屈とは無縁みたいだね?」 「まったくです」 答えたのは織姫ではなく鷹乃だ。 テインは彼の前に嬉しそうにやってくると右手を差し出す。鷹乃の目の病も全て承知しているこの王子は憐れみではなく再会の喜びだけで表情を輝かせてくれる。 隔ての無い優しい笑顔だった。 鷹乃も長らく会っていなかった親しい知人のその喜びの顔に笑顔を浮かべてその手を握り返す。 「で、テイン…君がここにいる理由は?」 「そっちと一緒さ」 「やっぱりクロウェンの巫女に会いにいくんやな?」 「そ、僕らのご先祖様がそこに行けばファーガーンに納められた器の異変に関して何らかの情報を得られるとおっしゃった」 「ご先祖?なんだよそれ」 「おっ、孔雀も一緒だったんだ」 鷹乃の弟の孔雀はまだ13歳だったが、兄の鷹乃同様に類稀な剣術の才を持っており、ヒノトリスタの幼年兵士達のなかでも常に武術においては他の追随を許さないほどの腕前だった。 いかんせん鷹乃と孔雀は出身がジャナスティアであったので、魔法の才に関しては芽が出ていなかったが。 「今回のフェイルン行きはどうやら僕と一緒で君たちもお忍びのようだね」 「そうや、ほんまはレアルも同行したいと思うてたのやけどそうすることもできん。せやから少数精鋭で行かなあかんし、こいつ等暇そうやったから…けど響はよかったんか?昇進をけっとばしてきたんやろ?」 心配そうに織姫が皆から少し離れたところにいた響 更紗に声をかけたが、彼はいつものあの透明な微笑を浮かべると首を横に振った。 「昇進の件は今回の事がおさまってから正式に受けようと思う…ともかくも器の異変を解決しない限りソルメキア、フェイルン、ツェナの3大陸には確実に動乱が起こるだろう、俺はそれを食い止めたい」 響の気持ちはこの場全員の思いと同じだ。 まだ10代の孔雀でさえもこの聖なる器に関する事がどれだけ重大であるかを感じている。 「今回はジャナスティアは動いてはいないの?」 テインが織姫に問うと彼は思案した。 「いいや、あのカヤトがのんびり静観なんてするようなタマやないのは俺もテインもよぅく知ってるやろ。きっと俺らとはまったく別ルートで行動していると考えられるわ」 冷たい冬の月と称されるジャナスティアの国王カヤトも必ずどこかで動いている。 それ程聖なる器という存在は世界全体を揺るがすものなのだ。 「見なさい…ドラゴンが夜を運んできたようです」 更紗の言葉に皆はブリッジから空を仰ぎ見る。 プラチナ・ドラゴンが残していった細長い雲の筋を映し出していた空は気がつけば淡く朱がかかっており、遠くの方では既に暁色に染まろうとしていた。 だがその風の音さえも消え去るほどの静けさと、冒し難い神聖な光景を裂くようにして、恐ろしい速度で飛行船に向かって滑空する巨大な黒い影が現れる。 「ドラゴン!?それもさっき飛んでたプラチナ・ドラゴンだっ」 しかもこの最速の竜の視線は完璧にこちらに注がれており、そしてその爛々とした両眼は激情に燃え上がっていた…ゾッと彼らが肩を震えさす程に。 「なんやわからんけどめっちゃ機嫌が悪いらしいわ」 竜が大きな動作で自分の長い首を振り上げ、白金色のメイン・ホーンが自ら発する熱によって輝き、見る人間の目が眩しさで塞がれる。 巨大な口が鋭い何本もの牙を覗かせながら開かれ、振り上げた首を再び振り下ろした瞬間にその喉から放たれたレーザー・ビームが縦一線に船を走るかと誰もが思い、絶体絶命の状態だと覚悟した。 しかしプラチナ・ドラゴンの横っ腹に体当たりをするようにしてもう一体の別のドラゴンが突進してレーザー・ビームの軌道を無理やりに捻じ曲げる。 まともにあの攻撃を受けていれば今頃は船が消し炭になってしまっていただろう。 プラチナ・ドラゴンの両眼は怒りに燃え、その眼差しは自分の攻撃を邪魔した一体に注がれた。 「…フェアリー・ドラゴン…眠りから覚めていたのか…」 5匹のなかで最も美しい竜。 だがプラチナ・ドラゴンと違うのはその両眼に激情の色はなく、揺らぎの無い強い意志を秘めた輝きがあるということ。 フェアリー・ドラゴンの姿を捉えたプラチナ・ドラゴンの眼は怒りとは別の沸々とした憎悪にも似た感情に支配される。 カッと目を見開いた瞬間にフェアリー・ドラゴンに向けて罵声を飛ばしたのだが、テレパスをもちいて会話する彼ら竜の言葉は常人には聞こえない。だが今のプラチナ・ドラゴンの怒りは激しく、その感情の激しさのまま周りの人間の脳に直接ダメージを与え凄まじい頭痛が起こり乗組員の殆どは声もなく頭を抑えてのたうつ。 持ち堪えたのはブリッジにいた織姫達のみだ。 激情に燃え、牙をむくプラチナ・ドラゴンは噛み付かんばかりの勢いでフェアリー・ドラゴンに向けて怒気を飛ばす。 (おのれ…おのれ…ナイトハルトっ) テレパスでの竜同士の会話は感情がそのまま相手に伝わる。プラチナ・ドラゴンの怒りは相手を燃やし尽くす白い炎のようだ。 (なぜ邪魔をするっ貴様が相手だろうと容赦はしないぞ!) プラチナ・ドラゴンの言葉にフェアリー・ドラゴンは意地でも引く気になれなかった。 そしてプラチナ・ドラゴンが執拗にフェアリー・ドラゴンに対して攻撃を加え始め、フェアリー・ドラゴンも同じく戦闘態勢に入る。 最速の竜と最大の攻撃力を誇る竜の一騎打ち。 竜同士の戦いなど滅多に起こるものではない。 それぞれが一種につき1匹しかいない種族な上に離れた土地で自分たちの縄張りを守り、人間以上の知恵と知識と能力を有する賢い生き物な為に無益な戦いは本来なら決してしないのだから。 そしてこの2匹の竜はお互いにお互いが最も戦う上で苦戦する相手だった プラチナ・ドラゴンの攻撃射程はそれ程広くは無く、その速さで相手の懐に入る事が出来るが、一歩間違えばフェアリー・ドラゴンの武器であるプラズマをモロに受けてしまう。 またフェアリー・ドラゴンもプラチナ・ドラゴンの速さに追いつくには体格差から見て不可能に近く、俊敏な相手に対してプラズマを撃つタイミングを計れずにいた。 小競り合いのような威嚇射撃をお互いに繰り出しながら避けきれずに受けた小さな傷が次第に増えていく。 本来ドラゴンは圧倒的な自己回復能力をもっているために細胞が塵となっても再生が可能だが熾烈を極め始めた戦いに2匹ともその治癒能力がおいつかなくなってきている。 しかしここへきて隙が生じてきたのはフェアリー・ドラゴンの方だった。 一瞬動きが遅れた為にレーザー・ビームに片翼が焼かれて焦げ跡と共に大きな風穴が開く。意識が白く燃えるような痛みを感じ、空中でその身体がよろめいた。 更に追い討ちをかけようとプラチナ・ドラゴンが急激に間合いを詰めてきたが、それを待っていたかのようにフェアリー・ドラゴンは内心で薄く笑んだ。 そして大きく口を開き、本来なら自分でも使うのを躊躇う最大の武器を発動させる為にコアから凄まじいエネルギーを発生させる。 竜の咆哮と共に<無比の炎>が空を貫く。 フェアリー・ドラゴン最大の武器であるこの大力無双の炎は最大の射程距離も誇り、プラチナ・ドラゴンを射程からギリギリのところに捉えた時に放った瞬間、文字通りの無比の炎は夕刻の空を瞬く間に閃光と共に白朱色に染め上げた。 全身を超高熱で焼かれ、プラチナ・ドラゴンは空中でのたうつ。 焼け焦げながら激痛の為に悲鳴にも似た鳴き声を上げて地上へと落下していくプラチナ・ドラゴンの向こうの空はその凄まじいエネルギーを証明するように空間が歪んでいた。 戦いに力尽きて、フェアリー・ドラゴンもへたへたとおぼつかない勢いで翼をはためかせる。しかしこの冷酷なドラゴンは最期のとどめを刺そうとプラチナ・ドラゴンに向けてプラズマを放つ為に放電を始めた。 (おやめなさい、ナイトハルトっ) 戦いの気を切り裂くようにフェアリー・ドラゴンの頭に届いたテレパス。 金と銀がかち合って鳴る様な澄んだ声。 その声の主はフェアリー・ドラゴンが最も大切にする者のものだった。 未だメインホーンにエネルギーを集中し続けているフェアリー・ドラゴンの眼前に、一人の少女が空中に浮かびながら両手を広げて彼の攻撃を阻止しようと立ちはだかる。 「…なんや…あのお嬢さんは…」 ヒノトリスタの魔法をもってしても飛翔の術は高難易度であり、しかもこんな上空まで自分の身体を浮かすのは相当の術者しかいない。 そして皆が最も驚いたのは、その少女がフェアリー・ドラゴンを鎮めたという事実だ。 織姫たちの飛行船からは距離的に離れた少女の姿ははっきりと認識は出来ないが、長く伸びた焦げ茶色の髪が風にたなびき、たおやかな白い腕が夕刻の朱の色を浴びて一層しなやかさを増している。 少女は尚もテレパスでフェアリー・ドラゴンに語りかけた。 (無益な争いをしないのがドラゴンという種族です。彼女は既に立ち上がれないほどに傷つきました…これ以上愚かな戦いを続けてはいけません) (…アラ…トゥ・リアラ…) トゥ・リアラと呼ばれた少女の声は辛うじてフェアリー・ドラゴンの心に届いた。 落下していったプラチナ・ドラゴンは自分たちがいる場所からそう遠くないところの地面でボロボロになった翼を時折バサリッと動かし、焼け焦げた身体を必死に起こそうともがいている。 ガクガクと震えながら何度も何度も何かを呟いた。 (美紅音を…美紅音を奪わないで…俺の…俺の全てなんだ…) 泣き叫ぶような悲痛なプラチナ・ドラゴンの感情がトゥ・リアラとフェアリー・ドラゴンにも届く。その様子に、トゥ・リアラの方が僅かに目を伏せた。 「さぁ、もうお行きなさい…本当はまだ眠りから覚めてはいけなかったのに…貴方はいつもそうして私の為に自らを犠牲にする…」 トゥ・リアラの悲しげな表情と、労わるような優しげな声を…そしてプラチナ・ドラゴンの胸を掻き毟るような悲痛な叫びを聞き、フェアリー・ドラゴンは遠い昔の自分を思い出す。 『リーズフェルトを頼む……俺の…全て、なんだ…』 50年前のその言葉が…ナイトハルトの胸中で…幾つもの鐘の音の如く…最初の音を追うように次の鐘の音が鳴り響き渡るかの如く同じ言葉を無限に繰り返す。 そしてその言葉は重く重く今でもナイトハルトに圧し掛かるのだ…。 トゥ・リアラは地上に墜落したプラチナ・ドラゴンに向けて手の平をかざすと見る間に再生能力が追いつかずにいた傷ついた身体を癒す。 消えかけていた意志の光りが再びプラチナ・ドラゴンの双眸に宿り、長い首をトゥ・リアラの方へと向ける。爛々として燃え上がっていた怒りを収めたドラゴンは何も言わずに飛び去っていった。 次にフェアリー・ドラゴンの傷も同じように癒すと彼はゆっくりと旋回し、翼をはためかせて遠く向こうの空へと飛翔して行く。 トゥ・リアラはその姿をずっと見守っていた。 竜の姿が完全に去ると、彼女は飛行船のブリッジで事の一部始終を見ていた織姫たちの方へと振りかえる。 初めて彼等はトゥ・リアラの姿をはっきりと確認した。 目の覚めるような美しい少女。 それはファーガーンを守護する美貌の精霊姫が大輪の紅薔薇とするならば彼女は清らかな白薔薇のようであった。特徴的な薄紅色の瞳は真っ直ぐで、真実しか必要としない強い輝きをたたえている。 醸しだす彼女の雰囲気と、ただならない気品こそが神格の表れ。 纏う衣がまったく重みを感じさせない動きでふわりとたなびき、トゥ・リアラは静かに飛行船へと近づくと、甲板へ舞い降りた。 「…お嬢さんは…何者なんや…」 織姫の声は、緊張と畏怖と、そしてそのどちらでもない感情からくる高揚感で僅かに上ずり、掠れる。 問われたトゥ・リアラはまさしく花開くように微笑んだ。 「私という存在は常に一つですが、私という存在を示す名は呼ぶ者により違います…ある者はトゥ・リアラと呼び、ある者はリーズフェルトと呼び…そしてある者はアトレイユと呼びました」 「…アト、レイユ…」 トゥ・リアラの笑みが深まる。 「アトレイユ…そんな…器の一つを天へと納めたと言われてはる…あの三英雄の一人やなんて…」 目の前に伝説の英雄が立ち、そして自分達に笑いかけているのだった。 |